エイプリル御剣

今日はエイプリルフール。

多少きわどい嘘をついても許される日だ。

(今日はあの人に、冗談で告白してみようかなっ!)

「嘘」だと種明かしした後の反応が気になって仕方がない!
面白そうだ!

不意に芽生えた悪戯心に、私はわくわくしながら通勤中の道を歩いている。
今日も『あの人』のいる職場へと…――


誰に(冗談で)告白してみたい?


ミステリアスで大人なあの人

なんか調子乗っちゃってるあの男

生真面目な王子様

なんか手錠ぶっ壊しちゃうあの人

いつも元気いっぱいなあの子


→生真面目な王子様

エイプリル御剣


「御剣検事。今日は何を召し上がりますか?」

「うム、アップルティーを頼む」


そんな会話を交わし、甘いりんごの香りの紅茶を淹れる。
御剣返事は、糸鋸刑事によってぴかぴかに磨き抜かれたデスクの上で、疲れた目をほぐすように眉間の皺に指を当てていた。

「だいぶお疲れですね」

音を立ててデスクの上にティーカップを置くと、検事はすぐに顔を上げ、優雅な仕草でティーカップを手に取る。
それから香りを楽しむようにカップに顔を寄せ、フッと気障に笑って見せた。

厳しい顔つきが少し和らぎ、余裕のある表情になる。

検事はリラックスしたように、ティーカップに口をつけ…。


「そんな御剣さんが好きです」


私の突然の告白に、盛大に紅茶にむせた。


「グッ……!!

げほっ…げほっ…げほっ……!!」


気管に入ってしまったのか、苦しげにゲホゲホ咳き込んでいる。


「かはっ!
…んぐぅ……っ」


御剣検事は眦(まなじり)に涙を滲ませ、自分自身と葛藤するようにデスクの上で唸っていた。


「んぐぅっ!」だって!!

(可愛い……)

御剣検事――みっちゃん……可愛い!!

デスクに零してしまった紅茶の雫を呪うような目つきで睨み付け、素早くハンカチで拭いとっている。

(なんて可愛い人なんだろう)

萌えで打ち震えそうになりながら、彼の動揺っぷりを目で見て楽しんだ。
にょきにょきにょきっ…と、悪魔の尻尾が生えたような仄昏い喜びが全身を迸る。


みっちゃんは、ぐぬぬぬっ! と忌々しげに握りこぶしを握り締め、
法廷で戦う時のように、渾身のチカラで、だむっ!! と勢いよくデスクを叩きつけた。


「なまえ君! 馬鹿な冗談はやめたまえ!」


(真に受けて本気になってる……!!)

ああ面白い。面白いことになった。
こんな御剣さんが可愛すぎる!


そこで私は恥ずかしそうな仕草で俯き……上目遣いで検事を見上げた。

「冗談じゃなくて……本気なんです。

あの……迷惑……ですか?」

遠慮がちにそう言うと、御剣検事が押し黙る。

「…………」

私から顔を背け、窓辺のトノサマンフィギュアをじっと見つめている。
すっかり悩んでしまったようだった。




……


やがて辺りはすっかり夕闇に包まれ、定時の時刻になろうとしていた。

御剣検事は私の問いかけに何も答えず、ティータイムの後は集中して仕事に取り組んだ。
私も彼の指示に従い、取り調べの書記や、裁判の手続きで大忙しだった。

(それにしても……さっきのみっちゃん、面白かったな)

思わずにやにやしそうになり、あわてて表情を引き締める。

(今夜はいいお酒が飲めそう!)

昼間の検事の可愛い狼狽ぶりを思い出しながら、宅飲みを楽しむ気満々だった。


今日の仕事が終わり、帰り支度をし始めると…。

「待ちたまえ」

御剣検事に急に引きとめられた。

「はい? なんでしょう?」

昼間のことかな、と思い、口元に微笑を浮かべる。

そろそろネタ晴らしをしても良い頃だ。

『冗談です、御剣検事。

……本気にしちゃいました?』

ぺろっと舌を出して、悪戯っぽくそう囁くところを思い浮かべ――
再び面白い反応をみせてくれるみっちゃんに期待しながら、「実は…」と切り出そうとしたその時…――


「先程の件だが……」

デスクの上で腕組みをしながら、検事が真面目な顔で切り出す。

「あの、検事、実は」

「先程の件だが。前向きに検討しよう」

(え……)

一瞬、何を言われたのかよくわからなくなった。

あなたは政治家か何か!? なんていうふうに、盛大に突っ込みを入れる余裕もない。

彫像のように固まる私の前で、
検事は所在なさげに腕を指先でトントンと叩きはじめる。

「今までその……あまりキミを異性として意識したことがなかったのだ。

だが……」

その灰色の瞳が、ちらりと横目で熱っぽく私を見た。


「キミのことを、知ってみたいと思う」


思わず目を瞠る。

「…………っ」

いきなり顔中が熱くなった。
不器用な言葉を綴る彼の言葉が、胸に沁み込んでゆく。

「まずは二人で食事でも」なんて誘われたら、今更嘘なんて言えるはずがない。

エイプリルフールなんて言ったら、怒られそうな雰囲気だった。

(というか、行ってみたい。
御剣検事と一緒にお食事してみたい……)

あの真っ赤なスポーツカーの助手席に乗って…。

嘘から出たまこととは、こういうことなのだろうか。

目で問いかけるように私を見つめる御剣検事の眼差しに息を呑み、
落ち着かない鼓動を騒がせながら、私はしどろもどろになって、

「私も検事の事、知りたいです」

とだけ答える。

(どうしよう……絶対に顔が真っ赤になってる……)

どぎまぎしながら戸惑う私の前で、検事の唇の端が僅かに上がったような――そんな気がした。






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