鼓膜を打つ雨の音で目が覚めた。
前日の天気予報では朝から快晴だと聞いていたが、にわか雨なのだろうか。高いビルに切り取られた空を覆う雲から雨粒がさあさあと軽い音を立てて落ちていく。瞬きを何度か繰り返しているうちに風に流される雲の切れ目から東雲色が顔を覗かせた。東の空から徐々に昇る陽の光を窓越しにぼんやりと眺めて、夜が明けはじめたことに気がついた。
いつもならこの時間は店の開店準備をしている頃だな、と頭の片隅で考える。目を凝らしてみたが間接照明の消えた薄暗い室内に時計の類は見当たらず、広いベッドから体を起こしてサイドテーブルに置きっぱなしにしていたスマートフォンに手を伸ばした。温もりから解放された裸の半身に初春の冷えた空気が刺さり、思わず身をすくめる。

「……起きたの?まだ早いよ、名前さん」

左手で捕まえたスマートフォンの画面を覗くよりも早く隣から聞こえてきた静かな声のほうへと視線を移す。
サテンストライプの掛け布団を鼻まですっぽり被って眠っていた青年が白い腕を伸ばし、マットレスについた名前の右腕に軽く触れた。

「早くない。クソ、うっかり寝てた」
「お店は休みでしょ?」
「約束があるんだよ」
「え〜、まだ寝てればいいのに」

大袈裟に寂しがってみせた年下の青年は枕を抱えるようにしてうつ伏せになると笑顔を浮かべて名前を見上げる。見る人が見ればとろけるような笑顔もこの三年で既に見慣れてしまっていた名前は、さして気に留めるでもなく手のひらのスマホに視線を戻した。画面に触れると液晶には午前四時五十六分と映し出される。ホテルに入ったのはおそらく午後十時過ぎ。ベッドになだれ込んだ時間は定かでは無いが、いつも日付が変わる前にホテルを出るので少なくとも五時間以上は眠っていたようだった。

「珍しいよね、寝落ち。いつもならすぐ帰るのに。疲れてる?」
「まぁここ最近忙しかった…………」

そこまで言ってから少し喋りすぎたような気がして、片手で口元を押さえた。いやなんでもねえ、と早口に捲し立ててベッドから這い出る。

「ほんと堅いなぁ、三年も経つのに。もう少しお喋りしようよ」
「……和泉くんはもう少し立場を弁えた方がいいんじゃないの」

床に散らばった下着や衣服を順番に身につけて乱れた髪を手ぐしで直したあと、ジーンズの後ろポケットから財布を取り出して三万円を机の上に置いた。休憩と銘打ってチェックインしてから既に五時間以上経過している。比較的安価なホテルとはいえ、延長料金は定かではなかった。

「足りなかったらあとで店に取りに来て」
「いや、逆に多い気がするけど。名前さん……僕が前に言ったこと覚えてる?」

あなたとは対等な関係で居たい。出会ってすぐの頃、和泉が名前に放った言葉だ。だから年下扱いをした事も無いし、金銭が発生するような場面では必ず双方が平等に出すのが決まりになっていた。

「覚えてる。けど今回はうっかり寝落ちした俺が悪いだろ。もし多いようなら来月分に回しといて」


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