赤い糸の先

※記憶喪失ネタ(ギャグ寄り)


「えっと………どなたですか?」

俺はこの日の衝撃を忘れない。とあるからくりによってなまえくんの記憶が無くなった。どうやら物や意味など生活に必要なことはわかるけれど、俺たちのことはきれいさっぱり忘れてしまっている。おそらく出会った前に戻ってしまっているようで、目の前にいる彼はおどおどした話し方で俯いていた。

「俺、真選組の山崎って言うんだ。君の知り合いだよ」
「真選組?僕なにか悪いことしてたんですか…」
「してないよ!俺たち一緒に出かけたり仲良かったんだ」

恋人であることは伏せた。どう受け取られるかわからなかったからだ。しかし彼は身寄りがないから、必然的に俺があれこれを担う形となる。

「なにか手がかりになりそうな所に行ってみようよ」

この街を歩けば懐かしく感じるだろうか。俺は寂しくなった左手で思い出をなぞった。


***


それから数日、なまえくんの記憶は戻らないまま、俺はいつも通り仕事に戻っていた。しかし気づけばあの子はいつも俺のことを見ている。コンビニの前、定食屋近くの公園、今日はたばこ屋のすみに立っているね。記憶はなくても俺のことをストーカーをするなんて、やはり魂で繋がっているとしか思えない。

「なまえくん!」
「ッ……!?」

一緒にいた副長に断りを入れて、少し離れる。声をかければ少し困った顔をしながら、カメラを持つ手に力が入った。

「今日も綺麗に撮れた?」
「あ、えっと……」
「隠さなくていいよ。俺は知ってるから」

その言葉に安心したのか、久しぶりにふにゃりと笑った顔を見せてくれた。

「えへへ、綺麗に撮れました」

差し出されたカメラの液晶を覗くと、そこには短くスッキリとした黒髪、キリッとした眉、切れ長の目をした……

「副長じゃねーかよォオオオ!なっんで副長なの?!俺は?!俺の写真は無いの?!」
「えっ」
「君が好きなのは誰?!言ってごらん!」
「い、言えない……!」

ほっぺたに手を当てて身をよじる姿は、恋する乙女そのもの。しかし相手が違う!てか俺以外ありえない!そもそも副長は呪い殺したい相手ナンバーワンだったじゃないか。なんなら沖田隊長とガチめの殺害計画立ててたの知ってるからね。

「でも部屋にタバコとマヨネーズがあったんです!あんな量ひとりじゃ使い切れないし、前の僕もそうだったのかなぁって…」

それ俺のパシリ用備品ね!なまえくんは見るのも嫌がってたよ!なんなら土方寿命縮めって呪詛唱えながら買ってたよ!

「てか部屋に俺の写真あったでしょ!いっぱい!」
「ありましたけど、あれって山崎さんの仕業ですか?怖いからやめてください」
「怖くないよ!君の好きな山崎さんだよ!」
「は、はは……」

初めてなまえくんに愛想笑いされた。いつも何言ってもにこにこしてくれてたのに。俺がイタい奴みたいになってる。俺のハートの方が痛いんだけど。

「あまりにも多いから、副長さんの写真に変えるの大変でした」

付け加えられた言葉に死にたさが増す。こうなったらありとあらゆる手段で記憶を取り戻すんだ。俺はやるぞ!!!


***


件のからくりは未だ見つからない。そのぶんなまえくんと手がかりになりそうな所をめぐってみた。初めてデートした所、いつものコンビニ、どこに行っても何も思い出せず、次に交友関係を洗い出すことにした。しかし屯所の連中くらいしか話しているのを見たことがないから、結局はここに戻るのだ。

「面白いことになってんなァ、そのマブ紹介しろよ」
「沖田隊長!」

突然開いた襖から悪い顔で笑みを浮かべている人ひとり。ビビるのも無理はない。少し怖がった様子のなまえくんは俺の後ろに隠れる。屯所に来るにあたって内部に事情は説明しているが、この人が来てしまったらおもちゃにされる運命からは逃れられないのだ。なまえくんの手を掴んで引き寄せるのを、記憶を取り戻すことに繋がるならと俺はただ見つめていた。

「総悟」
「え……」
「いつも名前で呼んでただろ」
「っ…………総悟、さん?」

ニヤァと笑う。嫌な予感がする。アッ腰を抱いて見せつけてきた!そこまでは許してない!おい止めろ!

「お前のこと、誰が調教してやったか知ってるか」
「んっ………近い、です……っあ」
「忘れたとは言わせねぇよ。なぁ、体は覚えてんだろ」

なまえくんの顎を指で上げて、このままキスしそうな距離。その指が唇をなぞるのを、とろんとした目付きで受け入れていた。

「僕、もしかして総悟さんと……?」
「やーっと思い出したのかィ。ほら、いつものしてみせろよ」
「勝手に記憶を改ざんするな!なまえくんにはもっと相応しい奴がいただろ!思い出してよ!」
「えっじゃあやっぱり副長さんと!?」

浮かれているなまえくんに、沖田隊長は蔑んだ目を向けた。あのクソバカマヨラのどこがいいのだと。

「へぇ〜なまえって土方のヤローがタイプだったんだ〜。真逆じゃねえか(笑)」
「(笑)じゃねえーよ!どうせ地味だよ!」
「なら本人に聞きゃあいいじゃねえか。おいなまえ、こいつのことどう思う?」

なまえくんは俺の事を上から下までじいっと見て、少し悩んでいる。そう見つめられると照れるなぁ。

「え……えっと、優しそうですね…?」
「ええー、そんな優しいだなんて。なまえくん優しい人って好きだろ?やっぱり俺たち相性ぴったりだと「じゃあ俺はどうでィ」
「総悟くんは……その、かっこいいなって……僕は好き、です…」
「待って?!?!なんで俺には好きって言ってくんないの?!?!今まで俺のどこを好きだったの?!?!」
「僕って山崎さんのこと好きだったんですか」

ショックを受けた顔に引きつってしまう。嘘。待って、本当に待って。俺の方がショックなんだけど。記憶が無いとはいえ、そんな障害すら乗り越えてまたなまえくんと結ばれることが当然と思っていた。好かれる努力もしないで何考えてんだ俺は。

「俺が慰めてやろうかィ」
「総悟さん……」

この期に及んで目の前で寝とる気満々だよコイツ!!しかもこの勢いだと成功しそうだよ!!ええい、なにか記憶を戻せるようなもの……はっ!

「ハイじゃあこれ!なまえくん好きだったろ!真選組ソーセージ!屯所の冷蔵庫に入ってた!」
「やっ、やだぁ…!ん、いらなっ…んんっ」

俺が口に無理やり入れようとするから、泣きそうになってるなまえくんが可愛くてつい息が荒くなる。最近ご無沙汰だったし、涙目で睨まれてもこれはこれで……沖田隊長もタバスコ用意して、泣かせる気満々だった。そういうとこだよドS。

「おい、山崎いるか」

今一番ここに来てはいけない人が来た。なまえくんは声を聞いただけで目をハートにしてしまった。

「ふ、副長さん……!なまえです!お久しぶりです!」
「お、おお…みょうじ……元気そうだな」
「えへへ、苗字じゃなくて名前で呼んでください」
「みょうじ……」
「あっもういじわるですね。山崎さんに用事ですか?それが終わったら時間ありますか?」

副長にアタックしまくるなまえくんをみて死にそう。てか副長も戸惑ってチラチラこっち見て助けを求めてる。一緒に土方スペシャル食べようなんてとんでもないこと言い出してるから恐怖を感じてるのだろう。今までの殺意はどこへやら、見たこともないハートマークにすべてを察したのか、書類だけサッと置いてすぐに去ろうとする。でもなまえくんはそれを許さなかった。腕にぎゅっと抱きついて上目遣いなんて、俺の特権だったのに。

「あ、あの……副長さん、僕……っ!」

その瞬間なまえくんの頭にでかいからくりが命中した。ゴッッッッッ!てやばい音したけど?!?!

「なまえくんんんんん!!」
「ッチ。おもしろくねーんだよ。もっぺん頭空にしてメスブタからやり直せよ」
「総悟お前何ぶつけてんのォオオ!」
「てかからくり持ってんなら早く出せよ!!!!!」

そのあと無事に目が覚めたなまえくんの第一声は「退くん」だった。ちなみになまえくんが撮った副長の写真はリサイクルしているらしい。とりあえず俺は、その藁人形は見なかったことにしておくよ。

 
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はじめ