お花畑のなかで

この腕のなかで眠って、起きたらまたもぐって、柔らかいせっけんのかおりに混じった退くんのにおいに包まれる。その輪郭をなぞれば、あたたかい。まだ閉じているまぶたも、うっすらと生えた髭も、そのすべてが愛おしい。

「なまえくん、おはよぉ…」

当たり前のようにキスをされただけで涙が出てしまった。退くんの隣にいることは、こんなにも明るくて、胸がぎゅっと締め付けられるものだったんだ。

「うぅ…っさがるくん…っ」
「あはは、また泣き止むまでキスしちゃおっかな」
「さがるくん……っ」
「なまえくんのためなら、いくらでもしてあげるよ」

僕は退くんと同じ時を生きていてよかった。朝が来ることが生まれて初めて嬉しいと思った。



今日は屯所から家へと帰る日。身支度を整えたあと「ちょっと待ってて」と言ったきり退くんが戻らない。もしかしたらあれは夢で全部嘘だったんだって悪い妄想が止まらない僕は、やっぱりまだ成長できていないのかも。

「邪魔するぜ」
「ひゃあ!」
「何でィ。人を化け物みてーに」

振り向けば襖を開けた総悟くんと目が合う。ずかずかと部屋に入り込んでくるけれど、ここは屯所だから僕には文句を言う権利もなく。

「夕べはお楽しみだったじゃねーか」
「退くんはどこ?」
「オメー会話する気あるか?ザキは野暮用でィ」
「はぁ…退くん……」

あからさまに落ち込んでいると、目の前には総悟くんがポケットから取り出した一輪の花。それもよくお葬式とかで使われる菊だ。

「お花なんて持ってきてどうしたの?」
「ん」
「あの…総悟くん……?」
「ん!」

受け取れとでも言うように僕の方へ差し出されているけれど、意図がわからなくて混乱する。でも総悟くんの反応を見るにどうやら僕が受け取るまではこのままらしい。

「僕が受け取ってもいいんだよね…?よくわかんないけど、ありがとう…?」
「こんなの母の日以来だぜ」
「母の日ならカーネーションでしょ」
「いいんだよ。ある意味葬式みてぇなもんだからな」

屯所で言うとなんだかシャレにもならないけど、それでもお花に罪はないし、家に帰ったら飾ろうっと。でも勝手に貰ったら退くんが怒っちゃうかな。

「なぁ本当にザキでいいのかよ。万年あんぱんの甲斐性なしだぜ?」
「また突然だね。そういうところ含めて退くんが好きなの」
「今から乗り換えても遅くねえけど」

きっと本当に退くんでいいのか心配してくれてるんだろう。今までの事をずっとそばで見てくれていたやさしい総悟くんだからこそ、また問題が起きたらどうするんだって言ってるのかも。

「心配してくれてるの?でも大丈夫だよ。ちゃんと気持ちは固まったから」
「本当あいつにしか興味ねーんだな」
「えへへ、総悟くんだって僕の大切な友達だよ。ずっと見守っててくれてありがとう」
「……そーかィ。じゃあ今までの詫びとしてもらっとくわ」

一歩近づいて距離を縮めた総悟くんは、僕のおでこにやさしく触れる。唇で。

「え"…っ!?!」
「友達ならこんくらい普通だろ」
「それは許してない!何してるの!」
「うるせーな。ちょっと先っぽ入れただけじゃねーか」
「そんなことしてないよ?!変なこと言わないで?!」

と言い争っているうちに外から「沖田さーん!もう入っていいですか!」「長すぎっすよ!」と声がする。助けを求めようと入室を許可した瞬間に、続々と部屋に入ってくる隊士たち。その中にはいつも街で会う人、前に話をしてくれた人と見覚えのある人ばかりだった。

「俺ふたりのこと応援してますから!」
「いつまでもお幸せに!」
「ザキのことが嫌になったら俺のとこ来てください!」
「山崎が浮気しないか常に見張っときます!」
「え、何…?!ありがとうございます…っ?!」
「おい今ワンチャン狙ったヤツいたろ。しょっぴいてやろーかィ」

これもまた突然、思い思いの言葉を投げかけながら僕に一輪の花を渡してくる。今度は菊以外、でも種類も色も揃っていない花たちになんだか真選組っぽさを感じる。

「いつのまにか花束みたいになっちゃった」
「そりゃ良かったな。感謝しろよ」
「あ、そうだった。これって何で…」
「さっさと行って来い。最後の屯所ツアーにな」

総悟くんに背中を押されるまま廊下に出て、庭へと向かうように指示される。わけのわからないまま歩いてるうちに、すれ違う隊士達からもやっぱり花を渡される。散々迷惑をかけた僕だから屯所から出ていってくれてありがとう的な…?それにしてはみんな笑顔で、僕にくれる言葉もあたたかい。

「おお、なまえくん。いい表情になったなぁ」
「近藤さん…!あの、たくさんご迷惑をおかけしました…」
「本当にな。お前にかまってたせいで仕事が山積みだ」
「トシ、そういうなって。このあとみんなで頑張ればいいだろう」

僕の肩にずっしりとした両手を置いた近藤さんは、一呼吸おいて真面目な顔で告げる。

「これからも山崎を頼む」
「は、はい…!幸せにします!」
「本当によろしくだのむね"ぇ…!」

先ほどまでのキリッとした顔が嘘みたいに、号泣し始めた近藤さん。それに副長さんは呆れつつティッシュを差し出すから、多分こうなることがわかってたんだと思う。

「最後まで格好つかねぇな!」
「だっでぇ、こんな喜ばしいこと…おで…っずびいいぃ」
「あーもういいから、さっさと渡せ!これで鼻水も拭え!」
「ずびっ、嫁に出す気持ちって…ぢーんっこういうものなのかなぁ…」
「嫁……?」

近藤さんの言葉が気になるけれどものすごく泣いてて、副長さんもうんうん頷いて続きを教えてくれないみたい。それならまあいいかと手元にある赤いチューリップを見つめれば、その綺麗さに僕はすぐに夢中になった。みんなからもらった花で両手がいっぱいになるほど、いいかおりにつ包まれると気分も良くなってくる。

「俺からはこれをやろう。マヨネー…」
「いりません」
「な…!マヨネーズはなぁ、森羅万象なんにでもあうんだよ!」
「いやです!マヨネーズの化け物はあっち行け!」

でも副長さんはいつも僕の楽しい気持ちを台無しにする。無理やり手の中に入れてこようとするなんてしつこすぎ。早急に総悟くんとの副長暗殺計画を進めなくちゃ!と走り出した瞬間、僕の名前が呼ばれる。

「なまえくん!」

声がする方に顔を向けると花束越しに隊服を着た愛しい人。縁側にあった下駄を拝借して庭に出れば、どうやら副長さんはここまでは追ってこないみたい。

「すごい花束だね。こんなにどうしたの?」
「隊士のみんながくれたの。よくわからないんだけどおめでとう?って言ってた」
「あー…なるほど。隊長ってばわざとネタバレしようとしたな…」
「ネタバレ?」
「ううん、何でもないよ。それよりマヨネーズも置かれてるけど」
「うわ、いつのまに…!」

投げ返したらまた面倒なことになりそうだから、渋々マヨネーズも手の中に置いたまま顔をしかめていれば、突然退くんは真面目な顔で僕を見つめる。

「なまえくん、今から大事な話があるんだ」

不思議に思っていると退くんは何かを取り出して、目の前でその小さなケースを開けた。そのなかにはきらきら輝く指輪があって、思いもよらなかった出来事に言葉を失う。

「俺はなまえくんのことが大好きです。なまえくんも同じ気持ちでいてくれるなら、これからも俺の傍にいてくれますか?」
「ほ、本当に…?これ夢じゃない?」
「本当だよ。だからみんなの前でプロポーズしてるんじゃないか」

振り向けば大勢の隊士達がこちらを見ている。中には泣きながらハンカチを取り出してる人もいて、みんなこれを知ってたからお花を渡してくれたんだ。手元から溢れそうなほどの花の数だけ認めてくれていて、大丈夫だよってたくさんの人に背中を押されているみたい。僕を安心させるために先に声をかけてくれたのかな。

「俺と一緒に人生を歩んでください」
「っ…、はい」

返事とともに左手の薬指にはきらきらとした指輪がはめられる。見上げればお花畑のなかにふたりでいるみたい。

「退くん大好き…っもう僕、退くんがいないと生きていけないからね…」
「うん、俺の全部をあげるから一緒に生きてね。この先もずっと」

コンビニの棚越しでもない、路地裏から見てただけでもない、あのころとはちがう距離感。退くんがニコニコしていると僕も嬉しい。退くんが悲しい顔をしていれば僕もしょんぼりする。ずっと退くんが僕のすべてだった。でも見てるだけで幸せなんてもう言えない。退くんが全部僕に教えたんだ。ふたりでいることの幸せを。

「いけ山崎!ぶちゅっとかましちまえ!」
「キスしないと切腹だー!」
「花代くらいは誠意見せてみろィ」
「…だって、どうする?なまえくん」

囃し立てる隊士たちに煽られて、見合った僕たちは一歩距離を縮める。見守られながら永遠を誓うキスをした瞬間、カメラのフラッシュが光ってその時を残す。

「退くんだけの僕でいるから、退くんも僕だけをみていてね」

僕たちの写真は今も部屋に飾られているよ。毎日きれいなお花と、たくさんの思い出と共にね。

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はじめ