※現パロ
※大学生夏油×男主
「もう神になってやる!」
なまえは高らかに拳を突き上げた。
「悟、どうやら神が爆誕したようだよ」
「神とか言ってもどうせ俺より下だろ?」
「出たよ、天上天下唯我独尊」
「ちゃんと慰めて!」
五条と夏油はしぶしぶ神のお言葉を聞く。曰く就職活動が上手くいかずに何社も落ちているなまえはお祈りされすぎてもはや自身が崇められているかのように感じていた。つまりは神になりそうだったのだ。この学食で同じテーブルに座っている五条はその家柄からすでに決まったレールがあり、夏油はそこに属してゆくゆくは五条の補佐をするだろう幹部であることは間違いなし。ふたりとなまえの差は天と地ほどであった。
「必要以上に自分を責めない方がいい。どこがダメなのか洗い出して対策しよう」
「多分全部。特に面接に弱いかも」
「それなら私が練習に付き合ってあげるよ」
「本当に?!傑大好き!」
「うげー、またなまえのこと甘やかしてるし」
「仕方ないだろう。手のかかる子ほど可愛いんだから」
夏油がいつだってなまえに優しいのはその裏に恋心を隠しているからだ。あれこれ世話を焼いて友情を愛情へ育てようとしていることを知っている五条は舌を出してこの空間の甘ったるさを吐き捨てた。
「悟も僕の練習に付き合ってくれる?」
「え、いや俺は…」
「悟は用があるんだって。だから私とふたりっきりで頑張ろうね」
就活に行き詰まったなまえを慰めては自分の存在を擦り込んで周りを寄せ付けず、夏油なしで居られなくしているようにも見える。なんにも知らないなまえを馬鹿だと思うと同時に、傑の恋が叶ったらいいのにと複雑な気持ちを抱えたまま五条はふたりを見守っていた。
授業後、夏油がひとり住むマンションへと向かう。面接が苦手と言うなまえのために、いくつか実際に受けた質問を元に傾向を分析して回答を作りあげた。台本にある台詞を覚えるように頭に叩き込ませると、夏油から借りた少し大きなジャケットを羽織って、簡易的にだが面接の雰囲気が出るようにした。そこまでして面接の練習に付き合ってくれる夏油を思うとなまえは感謝しかないのだが、もしこの場に親友がいたらその下心を指摘されていただろう。
「よくある質問は大丈夫そうだね。そしたら応用編を試してみようか」
「は、はい…!」
夏油は少し考える素振りを見せると、鋭い眼差しをなまえに向けた。練習しかも友人といえどなんだか背筋をぴっと伸ばしたくなる雰囲気に緊張感が増していく。
「合格にしてあげるからさ、このあと食事に行かない?もちろんふたりで」
「え…っと…」
夏油から尋ねられたことは趣旨の異なっている事のように思えた。その意図が読めないまま困っていても助けることはないから、真剣にこの質問を選んでなまえに投げかけているのだろう。
「君にとっても悪い話じゃないと思うんだけど。それともうちで働けなくてもいい?」
「行きます!行かせてください!」
「こら、ダメだろ。明らかに怪しい質問は断れ」
「だってこないだ同じこと言われたし、断ったら落ちちゃったもん…」
夏油は自分が知らなかった新しい情報に目眩がした。まさか自分のなまえが変な輩に絡まれていたとは、冗談で投げかけたつもりが思わぬことになったと眉間のしわを指で伸ばした。
「他にはないか?」
「秘書に向いてそうなおしりだねって褒められた!あと愛人?にならないかって」
「普通はそんなこと面接で言わないんだよ!そんな会社潰してやる!」
恐らく前提としてなまえは会社選びが下手だ。そしてビジネスシーンにはそぐわないふわふわ感は相手の意識を違う方向に向かせている。怒りを露にしても笑っているなまえを見て、夏油は益々自分が守らねばならないと使命感に駆られた。そうなれば何だか練習する気も失せて、まずは根本的なところから勉強させるため、ひたすらに一般的な会社とは、ブラック企業やセクハラとはを説く特別講習を実施した。なまえがとんでもない会社に入るところだったと気づいた頃には、いつの間にか夜遅い時間になっていた。
「もうこんな時間か。今日も泊まっていくかい」
「そうしよっかなぁ。ね、傑ご飯食べたい」
「ただの男飯なのに。そんなに好きなの?」
「好き!手伝うから早く作って!」
キッチンに向かうなまえを追いかければ、慣れた手つきでお米をとぎ始めていた。男飯と言いつつも冷蔵庫に常備してある食材が増えたことも、戸棚に隠した恋人が喜ぶご飯と謳う料理テキストも本人は知らないまま、鼻歌まで歌ってご機嫌のようだ。この同棲気分を味わうために夏油は努力を惜しまなかった。自らの手料理を食べさせてその血肉を作り、身体だってお互いから同じにおいをさせてマーキングしているかのようだった。なまえが風呂に入ったあとのまだ湯気が立つあの暖かい空気は何度嗅いだって興奮がおさまらない。今この時だって気にせず同じベッドに眠るようになったのも、夏油が恋人の真似とふざけて抱きしめてみたことがお気に召したようだった。もはや友人の距離ではないのに無邪気に受け入れる姿を作り上げた張本人はこの出来栄えに笑みがこぼれる。
「今日は練習付き合ってくれてありがとう。今度こそ上手くいくといいなぁ」
「なまえはたくさん頑張ってるんだからきっと大丈夫さ。それに君は神様なんだろう?」
「そう、僕は神だよぉ…んふふ…」
眠そうにふにゃふにゃと笑う可愛らしさに、夏油は冗談交じりに本音をこぼした。
「もしだめだったらさ、私に永久就職しなよ」
「そんなの幸せすぎるねぇ…傑ご飯食べて、一緒に…」
瞼を閉じたなまえを見つめながら呟いたのは夏油の本心だった。
「本気にしていいのに」
しかし今はまだこの距離で我慢しよう。いずれなまえは自分の元に来るのだからと、その身体を抱きしめながら眠りについた。
夏油と練習した甲斐もあり、なまえはそのあとの面接で緊張せず受け答えができたと喜んでいた。しかし結果は芳しくなく続々届くお祈りメールに携帯を握りしめて唇を噛む。現に今だって彼が席を外しているのはきっとトイレで泣いているのだろうと簡単に予想がついた。
「どうも上手くいかないようだね。愛嬌はあるんだけど」
「むしろ愛嬌しかねーだろ。パパ活と愛人に誘われてんだし?」
「本当にね。でも流石にこのままだとまずい」
「どうせ最後はお前が囲うくせに」
夏油は何も言わずに笑う。こういった優等生ぶった裏にある素顔を五条は気に入っていた。男同士の恋愛と聞いた時には驚いたものの、何事も日々アップデートし続けなければ長く社会では戦っていけないと知見を広げる。それでもいち友人としてその行く末を憐れんでいると、ちょうどなまえが駆け足で戻ってきていた。
「受かった!やっと決まったよ!」
「本当かい?おめでとう。安心したよ」
「マジかよ。なまえにしては頑張ったんじゃね?…ってこの会社さぁ」
唯一なまえが受かった会社は小さなところだった。アットホームを売りにしており社員はみんな家族同然と言わばブラックの雰囲気が漂っているが、ここを逃したら後が無いなまえは多少のことは目を瞑ってしまっている。しかし後悔することが明らかに見えているため、五条と夏油は本当にそれで良いのかと問い詰めた。それは余裕の無いなまえからすれば大きなお節介とも受け取れる。しかし率直に告げられた意図も理解しているなまえは、返信期限までの数日間で悩みに悩んで意志を固めることにしたものの最終的には変わることはなかった。
「やっぱりここに決めた!心配してくれてありがとうね」
「そうか。なまえが悩んで出した結果ならもう何も言わないよ」
他で選ばれる気がしなかったから、と弱音は吐けなかった。
このまま就職出来なければいつか決まる時まで夏油はあれこれ世話を焼いてくれるだろう。五条だって何だかんだ言いながら面倒を見るはずだと。だからこそこれ以上迷惑をかけたくないと思うと同時に、その時間を惜しむ気持ちへの違和感は見ないふりをした。
「遅くなったけれどお祝いしよう」
ふたりっきりの室内で冷蔵庫から取り出したビール缶を渡される。元からお酒を飲む気だったから五条は呼ばれていなかったのだろう。ふたりでソファに座りながら勢いよくプルタブを引けばようやく終えた就活への音頭となる。酒のつまみとしてなまえの好きな傑ご飯も用意されていれば、普段よりもお酒が進むのは当然だった。自分のキャパを越えた量にふらつけば夏油は優しく介抱する。体温を確認するように添えられた手に頬を擦り寄せたのは気持ちよかったからだけじゃない。
「ずいぶんと甘えたになったね。酔ってる?」
「酔ってないもん。やっぱりかっこいいなぁって思っただけ」
「もっと甘やかされたいみたいだ」
お菓子を指で運んでやれば雛鳥のように口を動かす。なまえの世話を焼くのはその全てを手に入れたようで気分がいいと、夏油の抱える思いを露知らず、身体すら今は完全に夏油に寄りかかってされるがまま。この距離を友人の域と言うには些か近すぎると言うのに。
「傑、もっと欲しい」
酔いから端折られた言葉は妄想を掻き立てる。くっついた身体の熱が上がって思わず手が止まったことを、不思議に思ったなまえは真っ直ぐに見つめてくる。それになんだか恥ずかしくなって誤魔化すように、柔らかい頬の形をふにふにと変えて遊んでみれば雰囲気は一変する。しかしころころと変わる表情も好きだと蓄積した思いは今にも溢れそうだった。
「本当に僕のこと好きだね」
「なまえが私のことを好きなんだろ」
「バレた?大好きだからお菓子食べさせて」
なまえの指す「好き」の領域は友人であることを理解している。何も今日だけじゃない。いつだって無邪気にその言葉を口にするから、その度に夏油は胸が締め付けられる思いになった。ましてやこれから社会人として忙しくなれば会うことすら少なくなるだろう。寂しさを孕んでいるからこそいつもより今この時が愛おしい。しかしいっそのこと時が止まってしまえばいいと思ったのは夏油だけでは無かったようだ。
「就職したくないなぁ。僕も傑と同じところに行きたかったよ」
「それができればよかったけれどね。でも一応は決まって良かったじゃないか」
「本当は渋々だよ?いつまでも決まらなかったら傑が心配すると思って。僕って必要ないのかなって嫌なくらい考えたもん」
「別にこの会社だけが正しい道じゃないさ。それに私にはなまえが必要だからね」
「もう!必要って言うならこのまま住みついちゃうぞ!」
「いいよ」
なまえは夏油の返事に明らかに動揺している。夏油の前では明るく振る舞いたかったのに、つい漏らした本音が更なる本音を誘ってしまったから。じわじわと赤くなる顔は思っていた違う反応で、夏油はこのチャンスを掴むために一歩踏み込んでみることにした。
「私もなまえと毎日一緒だったらすごく嬉しいし、ここに居てくれるだけで充分だよ」
「そ、それってなんだか恋人みたい…」
「なまえがそう感じるならそうかもね」
「えっ!」
あまりにも魅力的な言葉だと思った。就職が心の底から嫌だったわけじゃない。今までずっと近くに居た夏油と離れることが何よりも嫌だった。もし仮に夏油が恋人だったら何もかも申し分ないし、むしろ自分の身には余るくらいだ。それでも心の奥底で目覚めた気持ちを伝えられなくてお酒に手を伸ばす。今まで何度も好きだと伝えてきたのに。
「まだ飲むの?明日どうなってもしらないよ」
ただでさえ限度を超えたところにさらに追加したアルコールに一気に酔いは回る。なまえがそのまま目を閉じたのを見届けると、夏油は携帯に手を伸ばした。
「ん……」
「おはよう。もうお昼だよ」
室内に眩しい光が差す。逆光で神々しく見える夏油がなんだかおかしくて笑っていれば、いつまでも起きようとしないなまえの髪をやさしく撫でる。いつの間にかベッドに寝ていたのは、夏油が運んでくれたのだろう。
「返事しなきゃ…」
「あの会社にだったら返事してたけど」
「え…」
「酔いに任せるのは良くないから止めたんだけどね。辞めてやるって叫んでたからそこまで嫌だったのかなって」
慌てて身体を起こして携帯を開けばメール履歴に残った文章に青ざめた。なまえは全く記憶にない。そもそもあんなにお酒を飲んでおいて文章が書ける気もしないのに、それでも手元にある携帯が証拠だった。
「今からでも取り消しって…」
「どうかな。意見が変わる子を採用したいと思う?それに不安があるなら自分の気持ちを優先してもいいんじゃない」
唯一決まった就職先だったのにと夏油に泣きついた。その胸を濡らしながらも心のどこかではこれで良かったとも思った。交互に重なる感情に胸がぐちゃぐちゃになったなまえを慰めるように夏油はその頭を撫でる。それがまたひどく優しくてこのまま甘えてしまいたかった。
「私がちょっと良いところに就職したのはどうしてだと思う?」
「…五条くんの親友だから」
「コネじゃないから。君を支えられるようにしたかったんだよ」
頭を撫でる手が頬に触れる。見つめた瞳は今までの中で特別に優しかった。
「私に永久就職しない?」
なまえのなかで数々の言葉が駆け巡る。いつか言っていたあの言葉たちは冗談ではなかった。
「今まで世話を焼いていたのだって何でかわかる?君のことが好きだったからだよ。なまえが傍にいてくれたら何だって頑張れる。だから私のところにおいでよ」
なまえだって自分の気持ちにはとっくに気づいていた。しかし愛しさと甘えを混ぜてしまうのは危険だ。ましてや夏油の好きが恋愛なのか友愛なのか、絶対的な自信がないと悩んでいれば続けられた言葉はさらに惑わせる。
「お風呂の後のドライヤーだって毎日してあげるよ。ベッドで湯たんぽ代わりになってもいい。それになまえの好きなご飯もいっぱい作ってあげる」
「今までとなんにも変わんない…?」
「だって私がしたいことだからね。傍に居てくれるだけで充分さ」
永久就職つまりは家庭内に入ることと思っているが、このままでは本来のなまえの役割全てを夏油が担ってしまいそうだ。ペットのように可愛がられてしまうことは容易に想像できる。だから気持ちを確かめたいとあと一歩踏み込んだ質問をした。
「傑は僕とエッチなこともしたい…?」
「なまえがよければ、許されるのならもちろん触りたいよ」
少し顔を赤らめた夏油に同じ意味の好きなのだと安心したなまえは立ち上がると大きく息を吸い込んだ。
「芥見大学から来ましたなまえです。特技はお米とぎ、好きなものは傑ご飯、将来の夢は傑の恋人です!よろしくお願いします!」
お辞儀して手を伸ばす姿はなんとも愛おしい。ようやく欲しいものが手に入ったと笑みを浮かべながら夏油はその手を取った。
「合格だよ。これからよろしくね」