こぼれた好きの行方は5

※高専エンド
※高専夏油×男主
※大人夏油×男主(if含む)



「遅い。こんな時間まで何してたんだ」

繋いでいた手の力を込めた。高専に戻ったら玄関口に夏油くんが居たからだ。こんな所にいるなんてきっと偶然じゃない。つらつらと小言を並べて機嫌が悪いことがあからさまだったけれど、待ってくれていた可能性を考えたらそこまで暗い気持ちにはならなかった。

「心配してくれてありがとう」
「別にそんなんじゃないんだけど。浮かれておかしくなってる?」

冷たい言葉の裏側、そこには本当の言葉が隠されている。でもどうしても僕だけじゃ引き出せないから頼るしかない。本人がいちばん自分を分かってるもの。

「手まで繋いで我ながら趣味が悪い。人前で恥ずかしくないの?」
「大切な人を粗末に扱うなんて理解できないね。若い自分とはいえ、己の未熟さが恥ずかしいよ」
「もしかしてそっちの世界の私は女にモテないのかい。だから男に走ったんだ?」
「そんなこと言って君、アナルセックスには興味あるんだろう?携帯の検索履歴、どんなのか知ってるよ。誰が猿なんだか」

猿、その言葉が完全に地雷をぶち抜いた。夏油くんが呪霊を取り出すほど本気で怒ったのを見て、慌てて止めようと手を伸ばす。自然と近くなった距離に眉をひそめながら、しぶしぶ呪霊を引っ込めて何か言いたそうな表情をしていた。

「あのね、最後にお別れを言いに来たの」
「どういう意味だ」
「大人の夏油くんは僕のこと好きだって言ってくれた。いっぱい優しくしてくれるし、何でも叶えてくれるって。だから僕…」
「そんなの嘘に決まってるだろ。騙されてるだけだってわからないのか」
「嘘でもやさしくしてくれる方がいいよ。もう痛い思いするのは嫌なんだ」

振り返って大人の夏油くんの元へ向かおうとした、でも腕を掴まれて動けなかった。

「まさか本気なのか」
「そうだよ、もう行くから離して」
「待ってくれ」
「僕のこと嫌いなんでしょ。いなくなったら嬉しいはずだもんね」
「私が良くても悟と硝子は悲しむだろ」
「夏油くんが悲しくないなら別にいい」
「…それは、」

こんな状況でも夏油くんの気持ちを教えてくれないんだって悲しくなった。理由を探して歯切れの悪い言葉から離れようとした。でも離れられなかった。

「私のことが好きなら行くな。君には私がいればいいだろ」
「それじゃわかんないよ」
「君のことが好きなんだ!だから行かないでくれ…」

背中に感じる熱は現実だって教えてくれる。力強く僕を離さない手だって全部本当なんだ。頭の中で何度も繰り返される「好き」に時が止まったみたいに胸が苦しくなった。

「ね、言ったでしょ。大丈夫だって」

この雰囲気には似合わないほどの笑みを浮かべながら、近づいてきた大人の夏油くんのネタばらし。素直になれないならいっそのこと嫌いなフリをしてほしい、とこれが本人から聞いた気持ちを引き出す方法だった。

「は…計ったのか…」
「こうでもしないと素直にならないものね。自分のことだから手に取るようにわかるよ」
「ごめんね。許してくれる?」

振り向けばまだ理解が追いついていないのかぽかんとしてる。こんな顔初めて見た。怒られるかなと緊張していたけれど、意外にもため息をひとつはいて僕の肩にぐりぐりと頭を擦り付けるだけだった。

「もう勝手に居なくなるな」
「行かないよ。僕が好きなのは夏油くんだもん」
「……うん」

顔を上げようとしない夏油くんの頭を撫でてみれば、腰に腕が回されてぎゅっとくっついた。ちょっとだけ服が濡れていたのは言わないでおくね。

「早速見せつけてくれるじゃないか。振られた私が可哀想だと思わないわけ?」
「お前の役目は終わりだ。勝手に帰れ」
「はいはい、一人寂しく戻るとするよ。私に感謝しな」

大人の夏油くんは僕を迎えに来たって言っていたけれど、きっと過去を変えたかったんだ。僕ひとりじゃこのまま何も出来ないで諦めていたんだろうな。未来から来てくれたおかげでこんなにも救われたんだ。

「会いに来てくれてありがとう。未来でまた会おうね」

夏油くんが微笑んで僕の顔をやさしく撫でるから、自分の手を重ねて今日までのことを思い出す。最初は怪しんでごめんね。でもくっついて眠るのも、初めてのデートも嬉しかったよ。好きなものもたくさん教えてくれた。手を繋ぐのだって夢みたいだった。ホテルのは恥ずかしかったけど、夏油くんで胸がいっぱいになった。思い出はたしかに僕のなかにあるよ。

「私はなまえのことがずっと大好きだよ。過去も未来もね」
「夏油く…んんっ!」
「ふざけるな!」

うそ!夏油くんの前でキスされちゃった!すぐに引き剥がされたけど、目の前でけらけら笑っているから釣られて僕まで笑ってしまう。それに怒りが増した夏油くんは僕を引っ張ってどこかに連れていこうとした。

「余裕のない男は嫌われるよ。なまえ、今からでも私の方に来ない?」
「黙れ!なまえは私のだ!」

引きずられる様子を立ち止まったまま笑って見てるから、これで本当にもう会えないんだと思った。少しづつ遠くなる夏油くんに大声で気持ちを伝える。

「僕も傑くんが大好きだよ!本当に!ずっと大好きだから!」

手を振って微笑む夏油くんに目頭が熱くなる。きっと未来で会えるから、ずっと好きでいるからもう少しだけ待っててね。

「さよなら、なまえ」




引きずられて連れてこられたのは夏油くんの部屋だった。部屋に入ってすぐ拗ねたように言葉を投げかけるけれど、抱きしめられているから今までみたいな悲しさはない。むしろ知らなかった夏油くんの表情にドキドキしてる。

「告白もキスもあいつが全部先なんてずるい」
「夏油くん…」
「名前を呼ぶのだって…いや、今までしてきたことの罰か」

本当は全部夏油くんにあげたかったよ、なんて思っても今更遅い。少しの痛みを背負って分かちあった好きだから、僕もちゃんと受け入れなきゃ。

「君はみんなに愛想を振りまくから不安になるんだ。悟にも硝子にも簡単に好きって言うし、私をからかって遊んでるんじゃないかって」
「そんなこと…たしかにみんなのことは好きだけど、夏油くんは特別な好きだよ。それにこれからは夏油くんにしか好きって言わないし約束する!」

その言葉に夏油くんは黙ってしまった。どうしたらこの気持ちが伝わるんだろうと考えるうちに、夏油くんの瞳が潤んでいた。耐えるように唇をぎゅっと噛む仕草は、きっと言えなかったことに悩んでいるんだろう。

「言いたくないならいいよ。夏油くんを困らせるつもりはないから…」
「いや、今言わないと後悔しそうだ。ちゃんと話すから聞いてくれる?」
「うん…」
「ずっと考えてたんだ。男同士でする恋愛の意味ってなんなのか。子供が産める訳でもないし、家族なんて繋がりも持てない。それでもずっと好きでいられるのかって、いくら気持ちはあれど隔てるものはあまりにも大きいよ」

夏油くんが抱えていたものを初めて知った。こんなにも真剣に考えてくれていたのに、僕が好きを重ねる度に苦しめていたと思うと胸が苦しくなる。それでも好きでいることは誰も咎めることはできない。もちろん嫌いでいることも。楽観的と言えばそれまでだけれど、好きはその壁をも壊せると思うんだ。

「それでも僕は夏油くんのそばにいたい。嬉しいことも悲しいこともこの先、全部一緒に感じてひとつずつ重ねていきたい。愛しいってそういうことでしょ」
「……君を見てると考えてるのが馬鹿らしいよ。しかも将来の私があれだけ君のことを求めていたんだ、なんだか悩んでいたこともちっぽけに思えてくる」

さっきまでとは違う、もう迷いは無いとでも言うように澄んだ瞳で僕を射抜く。

「改めて言わせて欲しい。ずっと君のことが好きだった。よければ私と付き合ってほしい」

ようやく思いが伝わったんだって、涙が溢れて止まらなくなった。

「やっぱり今更だめかな」
「ちがうの、嬉しくて…本当に僕でいいの?」
「君がいいんだ」
「っ…、僕も夏油くんが好き。ずっと好きだったよ。だから恋人にして…」

僕の涙を指で拭う夏油くんは見たことのないほどやさしい表情で、とろんとした目で見つめていた。夏油くんのこころの中にちゃんと僕がいるんだ。それにまた嬉しくなって、頬に当てられた手に自分の手を重ねた。手のひらの温度がじんわりと伝わって、もっと触れたいと思った。

「キスしてもいい?君のことが愛しくてたまらない」

うなずけばゆっくりと夏油くんの顔が近づいて、触れるだけのキスをした。好き。大好きだよ夏油くん。この先の未来までずっと愛してる。





「あーあ、一緒に来てくれなかったな。やっぱり無理やりにでも連れて来るべきだったか?」

まぁ、それでも君を苦しめた過去をやり直すことが出来た。たとえこれから戻る未来にまた君がいなくても、どこかで生きていてくれるならそれでいい。猿とは関わって欲しくないけど、隣にいなくても私なりのやり方で君の生きやすい世界を作るだけだ。

「……戻ろう。美々子と菜々子も心配してるだろうし」

じゃあね、なまえ。短い夢をありがとう。



深い眠りから覚めると、眩しい朝日にうまく目が開かない。こんなにも天気が良い日は美々子と菜々子が出かけたがるだろう。未だに猿だらけの場所の良さは分からないが。

「ねぼすけの傑くん!いい加減起きてよね」

ああ、なまえの声が聞こえるなんて、まだ夢を見ているのかもしれない。それならもう少しだけ余韻に浸りたい。私だって本当はなまえの手を取りたかったんだ。強引に連れ帰らなかった己の優しさを嘆いても遅いけれど。

「もー、起きるまでチューしちゃうから!」

唇に柔らかい感触がする。やけにリアルな夢にまだ過去から戻れていないのか疑うほど。いや、まさか居るはずがない。この声が聞こえるはずがないのに。

「なまえ…?どうしてここに…」
「まだ寝ぼけてるの?今日から双子ちゃんが入学するんだから早く準備しないと」
「入学……」

脳裏を駆け巡る記憶は教えてくれる。そうだ、なまえはずっとそばにいた。私が感じたことを自分のことのように泣いて怒って、そして受け入れることが真の強さだと知った。私たちだって一部から見れば受け入れられない存在だから、好きも嫌いも全て認めてしまえば、善悪の指針が常識から歪んでも、選択に迫られる時が来ても、いつだってなまえのことが頭から離れなかった。弱さは愛しい。愛しいから罰する。弱まった心を暖かく包むのは私にとってなまえだけだった。嬉しいことも悲しいことも一緒に、と学生の頃に言われた言葉を今もこころの中へ大事にしている。そうか、なまえの運命を変えたことで私の未来も変わったのか。

「こないだ五条くんがくれた紅茶美味しかったよ。飲むなら淹れるけど…っ、傑くん?」
「私を信じてくれてありがとう」

たまらなく愛しくなってなまえを抱きしめる。ふと見えた左手に光る指輪は新しい家族の形だった。あれだけ悩んでいたことも君はすべて解決してしまう。きっと一生、敵わない。寝起きでぼさぼさの頭をやさしく撫でた後、あたたかく頬を包む両手、そして日常になったはずの笑顔を懐かしく感じた。

「ずっと大好きって言ったの忘れちゃった?」

素直になればよかったと何度も後悔した。いつかの私もきっと間違いでは無い。今だって嫌いなものは変わらないけれど、君を失うことだけはあまりにも怖いことだと知ってしまった。でも今はこの手の中に存在している。たまらなく愛しくなってキスをすれば、赤く染る頬に愛情の深さを知った。

「なまえ、好きだよ。ずっと好きだった…」
「ん、僕も。あっ、こら…急がないと遅れちゃう!んん、だめだって…!」
「我慢できない。今すぐ抱きたい」
「帰ってから、ね?我慢出来たら今日は好きにしていいから」
「……絶対だよ」

困ったように笑うなまえにもう一度キスをした。ああ、幸せだ。君がそばにいて嬉しいことも悲しいことも全部一緒に感じてくれた。私の世界をも変えてしまったんだ。一生をかけて大事にするから、君がくれるこぼれるほどの好きは全部私のものだよ。

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はじめ