嫌わないで


山崎さんに連れていかれたのは、らぶほてるって所だった。

あまり知識のない僕でもわかる。ここに入ることが何を意味するのか。でも山崎さんは逃げようとする僕の手首を痛いほど掴んで離さないから、こんなの逃げられっこない。しかも「ただのホカンスだよ〜こんなの今時友達同士でもはいるよ〜プール入れるしピザとか食べれるよ〜カラオケもあるよ〜」って囁く。たしかに街の女の子達がそんなこと言ってるのを聞いた気もする。どっちにしろ喫茶店や隊内ではしにくい話だしと思って、信じてみた僕が馬鹿だった。



「僕のこと騙しましたね?!」
「騙されたのはこっちだよ。ていうかちょろすぎ」

僕をベッドに押し倒したまま「どんだけ経験ないの」ってけらけら笑う山崎さんが別人に見える。僕の知ってる山崎さんと本当に同一人物なのか?だって山崎さんはいつも優しくて、にこにこ笑ってて、それで……

「嫌々してんのかと思ったら何あれ。俺が知ってる限り副長と斉藤隊長だろ。察するに沖田隊長ともいろいろしてそうだし、あとは原田もか。みんな兄弟になるとかマジかぁ。君ってそんなにエッチなこと好きだったの?」
「え……」
「ハメてくれるなら誰でもいいのかって聞いてるんだよ。ドスケベななまえくん」

山崎さんはこんなこと言わない。山崎さんはこんな人じゃない。今までとかけ離れた印象に涙がにじみ出す。

「ねぇ聞いてる?」
「……っ、誰とでもなんてしない…」
「嘘つき」
「嘘じゃないです!僕は好きな人としかしたくない!」
「いやいや説得力なさすぎ。結局はいろんな人とヤッてるわけでしょ?」
「それは……」

言い返す言葉がない。たしかに僕はずるずると流されていろんな人と関係を持った。本気で抵抗できなかったのはみんなに嫌われたくなかったから。僕が我慢すれば元のままなんじゃないかって。

「前にさ、困ったとき何でもしてくれるって言ってたよね。今まさに困ってるんだけど助けてくれる?」
「い、いや……」
「いやってひどいなぁ。俺だけ仲間はずれにするんだ」
「しらな……っんん、う!」

無理やり顔を掴まれて唇を奪われる。せめて口を開けないように食いしばっても、体を触られた一瞬の隙をついて僕の中に入り込む舌。わざとらしい水音と、糸を引いた唾液に視界が歪みだす。

「俺にもやらせてよ」

なんて言い方をするんだろう。あまりにも怖くてギリギリまで耐えていた涙が溢れる。

「も……っ嫌です……僕だって好きでこんなふうになった訳じゃないのに……、山崎さんなんて嫌い」

思わず口に出してしまった。言葉にすれば止められなくて、山崎さんのことを信頼してた日々が脳裏を巡る。泣きじゃくる僕の声だけが響いているうちに、ふと体から重みがなくなる。目線を上げると山崎さんは僕の横に座っていた。

「………ずっと好きだった子を取られて、黙ってられると思うのかよ」

少し震えた声で告げられた言葉に、頭を殴られたみたいだった。僕がこの人を傷つけてしまったんだ。いつだって優しくしてくれたのは意味があって、僕はそれを自分からそれを手放したのに。山崎さんならきっと慰めてくれる、僕のことをわかってくれるなんて、あまりにも図々しい。
起き上がって山崎さんの隣に座ると、顔を寄せて口付ける。これで山崎さんの心が少しでも軽くなるなら。

「何してんの」
「っ……ごめんなさい。嫌いなんて酷いこと言って、僕がそんなこと言う資格ないのに」
「だから口付けるから許してって?」
「だって僕のせいだから……山崎さんが気の済むまで、あの……してください」

何されても痛くっても全部我慢しよう。僕が招いたことなんだから。ざわざわする心のまま目を瞑ってじっと待つ。

「あーあ、俺ってば何やってんだろ」
「え……」
「君が傷ついちゃ意味ないのにね」

無理に笑う姿に胸が締め付けられて、思わず抱きしめてしまった。

「っ…こら、勘違いしちゃうから離して」
「ごめんなさい」
「そんなことしたら本気にしちゃうよ」

ちゃんと返事ができない自分が嫌だ。でも選べない。それでも山崎さんの気持ちを受け止めたいと思ったのは本当だ。与えられるがまま貪って、僕はなんて浅ましい人間なんだろう。

「好きだよ」と囁かれるたび、やさしい言葉にじんわりと満たされていく感じがする。答えられもしないのになんて欲張りなんだろう。首筋にかかる息がくすぐったくて離れようとすれば、逃がさないように腕の力を強められて、また耳元で好きって囁かれた。

「山崎さん…」
「今日だけだから、ね」

 

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はじめ