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ずるいひと

2019.11.04


侍道4 茂呂茂
悲恋 名前変換なし




わたしの好きなひとには、奥さんがいます。



「おまえさんか」

「依頼通りに」

「そうか。ありがとな」



このひとはわたしが依頼を成し遂げると、こうしてよく頭を撫でるくせがあります。わたしを子供扱いしているのでしょう。わたしだってもう嫁ぐことができる年齢なのに。

たとえばそれを彼が知っていても、このひとにとってわたしはまだ子どもなのです。

もう少しわたしが大人の女だったら、奥さんがいる彼を誘惑することができたかもしれません。しかし、今のように子ども扱いされているうちは無理なのでしょう。

それにわたしは剣の道以外のことを知りません。そのため、どうすればこのひとがわたしに振り向いてくれるのか、その術を知らないのです。

だからわたしは、ただひとつ自慢できるこの剣でこのひとの依頼を受けているのです。そうすれば子ども扱いされてもこのひとのそばにいられるから。



「おい、血が出ているじゃないか!」

「ああ。帰り道で般若党のやつらに囲まれたんだ。たぶん、そのときやつらの刀がかすったんだと思う。気がつかなかった」

「馬鹿!なんで早く言わなかったんだ!」

「全員斬ったから支障はないと思って。ごめんなさい」

「いや、俺こそすまない。おまえさんを怒鳴るのはお門違いだったな。俺がおまえさんに依頼しているせいで狙われたんだから…」



たしかに般若党のやつらは「売国奴の用心棒め」と言いながら斬りかかってきました。彼らのいう売国奴というのはきっとこのひとのこと。だからといって、わたしが襲われたのはこのひとのせいではないのです。わたしが好きで彼の依頼を引き受けているのだから。

むしろ売国奴の用心棒といわれるのなら本望です。そうすれば今まで直接彼へといっていた恨みがわたしにきて、彼を危険な目にあわせることなく敵を排除できて一石二鳥だからです。



「おじさんのせいじゃないよ。ただわたしが邪魔だったんだろ」

「いつもすまない」

「もうその話はいいよ」

「…そうだな。さ、早く治療しよう」



そう言って、おじさんはわたしの腕を掴みました。頭以外のところを触れ慣れていないわたしにとってその行為は、突然すぎることも相まり、心臓をばくばくと高鳴らせるには十分でした。

ちょっとなにしてるのこのひとは!
当然のことながら、わたしの心の声がおじさんに届くことはありません。



「はっ離せ!こんなもの、なめておけばどうにでもなる!」

「あのなぁ、おまえさん女の子だろう。少しは自分の身体を大事にしろ!」



このひとはわたしを子ども扱いします。剣の道を歩んできたわたしを子ども扱いするのはこのひとだけです。それと同時に剣の道に生きるわたしを女扱いするのもこのひとだけなのです。
女扱いするも、ちゃっかり「女の子」だなんて、子ども扱いすることも忘れません。

せめて女扱いをしなければ、すぐにでもこのひとへの恋心を捨て去ることができたかもしれません。でもこのひとはそれさえも許してくれないのです。



「おまえさんが心配なんだ。頼むから大人しくしてくれ」



このひとにはわたしの想いなどお見通しなのだろうか、とときどき思います。そんな目で、そんな声で、そんな言葉を言われたら、わたしが断れないことくらいわかるくせに。

諦めようとするときに限っていつもこんなふうに優しくして、この目で、この声で、わたしをがんじがらめにしてしまうのです。



「おまえさんは、俺の大切な友だからな」



そしてさいごには、笑顔で地獄へと突き落とすのです。わたしの心をおきざりにしたまま。

ああほんとうに、ずるいひと。



2013.11.17



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