「もう一本ちょうだい」
白髪の少年とはじめて会話をした日の翌日。少年は「アタリ」と書かれた文字の真下に「赤木しげる」という文字を書いて棒を手渡してきた。
呆気にとられたわたしを尻目に、白髪の少年改め赤木しげるくんは勝手に冷凍庫からアイスキャンデーを取り出し「じゃあね、苗字さん」と言い残して颯爽と去っていった。
それが昨日の話。
あまりにも一方的だったため赤木しげるくんとはなにも話せなかった。それにはいくつか理由がある。
ひとつめは、またアタリであったこと。アタリを引いてさらにアタリを引きあてるとは、なんて強運なのだろうと驚いた。
ふたつめは、わたしと同じように棒に自分の名前を書いたこと。わたしがやったことに便乗してくれるほど茶目っ気があることに驚いたが同時に嬉しくもあった。
特にわたしを呆気にとらせるにたるものは後者のほうだった。
「まだかなぁ…」
名前が判明した今、昨日話せなかったこともあり、赤木しげるくんに会いたくて会いたくて仕方がなかった。興味本位と言うには少々浅はかで、恋愛感情と言うにはだいぶ重すぎるが、ともかくわたしは赤木しげるくんとお話したくて仕方がなかったのだ。
時計の長針が天辺に昇ると数字の分だけ鐘が鳴り、彼が来店する時刻を教える。一昨日より一層そわそわして見慣れたはずの店内をきょろきょろと見渡す、やけに落ち着かない自分がいた。
そしてとうとうそのときがやってくる。
視界の端に白髪をとらえた瞬間、反射的に立ちあがったわたしと、それに驚いた様子の赤木しげるくんの視線がぶつかった。
「おめでとう、赤木しげるくん!」
咄嗟に出た言葉はあいさつである「こんにちは」ではなくて、祝福の言葉である「おめでとう」だった。赤木しげるくんは「なにを言っているんだ、こいつは」という表情でわたしを見ている。それもそうだ。わたしが言う「おめでとう」は、彼が昨日持ってきたアタリ棒のことであり、彼の中ではもう既に終わったことなのだから。
「赤木しげるくんって強運なんだね。連続でアタリを出すなんて」
「なんだ、そのこと」
「謙遜しなくていいんだよ、赤木しげるくん。こんなこと滅多にないことなんだから」
「ふーん…。滅多にないことね…」
なにか変なことを言ってしまったのだろうか?
赤木しげる君は不敵な笑みを浮かべたあとなにかをわたしに差し出した。それを受け取り見てみると、それはアイスキャンデーの棒で、いちばん上にはアタリと書かれていた。
「もう一本ちょうだい」
「すごいっ。またアタリ!」
3回連続のアタリに感動すら覚えながらアイスキャンデーを彼に手渡した。すると彼は古びた柱に寄りかかりながらアイスキャンデーを食べはじめる。今日はすぐに帰る気はないらしい。
「赤木しげるくんは本当にすごいね。ここまでくると強運も才能なのかな。羨ましいなあ」
「なんなのそれ」
「え?なにが?」
首を傾げるわたしと大きな溜息をつく赤木しげるくん。またなにか変なことを言ってしまったのだろうか?
「さっきから莫迦のひとつ覚えみたいに、赤木しげるくん赤木しげるくんって」
「だって君は赤木しげるくんでしょう?」
「…鬱陶しいからもっと短くしてよ」
「ああ!なるほどね!君の名前を知れて嬉しくて、つい」
「ごめんね」と謝ると彼は少し困った顔をしたあと、ばつが悪そうに顔を逸した。また新しい一面を見ることができた。ふふ、かわいい。
たしかに彼の言う通り、氏名で呼ぶのはおかしいか。
「それじゃあ、しげるくん」
「…っ!?」
「大丈夫!?お茶、飲んで!」
突然むせてしまったしげるくんにお茶を差し出す。よかった、どうやらおさまったようだ。
「…はぁ」
「大丈夫?わたしが飲んでいたときは温かかったんだけど、もう冷めちゃっているでしょう?淹れなおす?」
「は?」
「え?」
「…はあ。もういい」
今日で三度目。またまた変なことを言ってしまったのだろうか?なんだか悪いことをしているようだ。原因が分からないまま心の中で「ごめんね」と謝っておいた。
アイスキャンデーを食べる手を止めたしげるくんは、わたしを軽く睨みつけたあと、諦めたようにまたため息をついて言った。
「俺に構うのはあんたぐらいだよ」
そして、小馬鹿にしたように笑う。
ああ。きっとその表情が得意なんだろうなあ、なんて直感した。
「それは褒め言葉として受け取っていいの?」
「…ほんと、変な人」
今度は満足したように笑った。
その表情のほうがわたしは好きだなあ、なんて思ったりして。わたしまでにこにこしていると、柱から身を離したしげるくんは踵を返して出口へと向かった。
「またね、名前さん」
不意にこちらを振り向いたときの企みを含んだようなその表情に、少しだけ心臓が跳ねたのはわたしだけの秘密。