世の中平和だ。
昔話。友人たちの前でそう言ったら大笑いされたあと「そんなことを言うのは頭の中がお花畑のあんたぐらいだ」と呆れながら言われてしまった。彼女たちにとって、世の中は治安が悪いらしい。いくらわたしがそんなことはないと言っても「箱入り娘には分からない」と言われるばかりだった。
そして現在。わたしは怯える男性を背後に庇いながら、厳ついお兄さんたちと対峙している。
「小娘が首突っ込んでくるんじゃねえ!」
「そうはいきません。暴力で解決なんて貴方々のやり方は間違っていると思います」
「なんだよ、こいつ。親戚かなんかかよ」
「しらねーよ!…ああッ!?おい、あいついねーぞ!」
わたしと厳ついお兄さんたちが会話をしている内に、問題の男性が姿を消してしまっていた。どうやらどさくさに紛れて逃げ出したらしい。
男性から取立てができなかった彼らは怒り心頭し、その矛先はわたしへと向けられた。
「よくも商売の邪魔してくれたなぁ?」
「タダで済むと思うなよ、嬢ちゃん」
「無料じゃないなら、おいくらなんでしょう」
「このアマ!おちょくってんのかァ!?」
「まあ待て。よく見れば上玉な嬢ちゃんだ。なあ嬢ちゃんよ。そのおいくら分を身体を張って払ってくれれば許してやってもいいぜ?」
にやにやと、下卑た笑みを浮かべているお兄さんたちに手首を掴まれる。振りほどこうにも男女の力の差がありできそうにない。そうしている間にもお兄さんたちはお構いなしに歩を進めていく。
まあ身体を張ってどうにかなるのならいいか。そう思って抵抗するのをやめ、大人しく彼らについて行くことにした。
「なにしてるの」
聞き覚えのある声に、わたしだけでなくお兄さんたちも振り返る。そこには不機嫌そうなしげるくんがこちらを睨みつけながら立っていた。
「なにしてるの」という彼の問いには答えられなかった。それより先にお兄さんたちがしげるくんに喰ってかかったからである。
「なんだ、てめェ?ガキはすっこんでろ!」
「……」
「気にいらねえ目だぜ、いけすかねえ!」
「そこの人、知り合いなんだけど。こっちに寄越してもらえる?」
「し、しげるくん…」
「ガキ、俺の話聞いてんのかァ!?あまりナメた口きいてんじゃねえぞ!」
「おい」
今にもしげるくんに手を挙げそうなお兄さんを止めたのは、意外にもわたしの腕を掴むもうひとりのお兄さんで。彼は怒れる相方を顎を使って呼ぶと、しげるくんを見ながらひそひそと内緒話をしだした。
「こいつが?」
「ああ。関わらねえほうがいい」
「…ちっ」
「悪かったな、嬢ちゃん」
相談ごとは終わったらしくお兄さんはわたしの腕を離し「ほらよ、嬢ちゃんは返すぜ」と言ってわたしをしげるくんに向けて突き飛ばした。
「おいくら分は払わなくていいんですか?」
そのまま去ろうとする背中に問いかけたが、お兄さんはこちらに振り返ることなく片手をあげて横に振った。それはもう必要ないということなのだろうか。
しばらく呆然とお兄さんたちの背中を見ていると「ちょっとあんた」といつもより低めの声でお呼びがかかった。振り返ってわかった。まだ不機嫌なようだ。
「おいくら分ってなに?」
「彼らの商売を邪魔してしまい、タダで済まないと言われたので、おいくらですか?と言ったらそのおいくら分を身体を張って払えって言われて…」
「それで、連れて行かれてたってこと」
「うん」
「…どういう意味かわかってんの?」
「重労働かなにかじゃないの?」
答えが気にくわなかったのか、はたまた不正解だったのか、割と真面目な顔をしたしげるくんは、わたしの額を指で弾いた。地味に痛い。
「あんた、なにしてんの」
「うーん…。取立てを不正な方法でしていた彼らから男性を守っていたら、彼らにどこかに連れて行かれそうになっていました、かな」
「はあ…」
今度は重いため息を頂戴した。
怒って、額を指で弾いて、ため息をついて。今日のしげるくんは忙しないなあと心の中で思った。
「なんで笑ってんの」
「平和だなあと思って」
「は?」
今度は驚いた顔。
彼の名前を呼んだときもそうだったけれど、今日はそれ以上に忙しそうだ。
「だって、しげるくんが来てくれたじゃない。これ以上に平和なことはないよ」
いつもと違うことが起きたけれど、しげるくんが現れたことによって日常に戻った。やっぱり世の中、平和にできている。
本日二度目。額を指で弾かれた。
「照れてるの」と問うと彼はこれまた本日二度目のため息をついたあと言った。
「違う、あきれてるんだ」
続けて「あまり心配させないでよ」と言い、ようやく彼はいつものように笑った。
赤木しげるくんについて分かったこと。
どうやら彼は過保護であるらしい。
「無関係な人間助けてなにが楽しいの」
「特別楽しいわけではないけれど放っておけないの」
「お人好し」
「それは褒め言葉?」
「…好きにすれば」
そして、ちょっぴり照れ屋さん。