目の前にはわたしじゃないわたしが映っていた。
まつ毛をくるりと巻いてぱっちりおめめ、薄くきれいに染められた唇と頬、きらきらした髪飾り、ふわふわかわいいお洋服。
どこぞのお嬢さんのような格好をした、わたしじゃないわたしがいるそもそもの原因は、腐れ縁である4人組のせいだった。

遡ること1週間前。



「ぴーぶい?やっやだ!藤くんったら!」

「なにが!?おまえなに考えてんの!?」

「え?PVのこと」

「藤原、最低」

「藤くんのエロ」

「藤原きもい」



藤くんの虐められっぷりは置いといて。
はて、PVとな?それはプロモーションビデオのことで間違いなかろうか。いまだめそめそするガリガリくんこと藤くんに問いかければ、複雑そうな表情をしつつ「そうだよ」と肯定した。



「そのPVが、なに?」

「新曲のPVに出てみないかって監督さんが」

「ふむ。誰が?」



4人が一斉に指をさしてくる。背後を振り返っても誰もいなかった。とすると4人はわたしを指さしているわけで。誰が?のアンサーがわたしなわけで。



「え、わたし?」



たまに差し入れにくるスタジオも、今日はまるで別世界。そうりゃそうだ。まさかぺーぺーのわたしがPVに出演するなんて。

先日、差し入れした際にわたしを見かけた監督さんの「名前ちゃんをPVに出そうか」の一言で出演が決定したらしい。それはなんとまあ垢抜けたような言葉だった。

そしてなんたることか、なんの指示もない。お化粧して、かわいらしい洋服を着る以外、普段通り自由にしていて構わないと言われた。それが監督さんの思い描くものになるらしい。



「名前?」



声のほうを振り向くと、そこにはチャマちゃんを先頭とした腐れ縁たちがぞろぞろとこちらに向かってきた。いつもと違う雰囲気の彼らにちょっとだけ、ほんとにちょーっとだけドキっとしたのは秘密だ。



「おー名前!ぱっと見分かんなかった!」

「それ失礼なこと言ってない?」

「いい意味で変わったってことだよ」

「秀ちゃん…」

「ようは馬子にも衣装ってことだよ」

「ヒロくん、超失礼」



いつものようにあーだこーだ言っているうち、緊張していた心が彼らのおかげでほぐれてゆく。
あれ?そういえばひとり忘れてないか?



「どったの、藤くん」

「ん?藤くん?」



そうだ、藤くんの声がしない。そう思って彼を見ると、なんとまあ固まっているではないか。めっちゃわたしをガン見して固まっているがなぜだ。



「名前のおめかしは藤原限定で殺傷能力抜群だね」

「ヒロくんそれどういう意味!?というか藤くんは死んでないよ。…たぶん」

「それ喜んでいいと思うぞ」

「ヒロにしては珍しくな」



とりあえずそれはおいといて。
どうしたんだろ、藤くん。彼に向けて手をひらひらさせると、ようやく我にかえったらしい藤くんは身体をびくりと震わせ、なぜかひとり慌てふためいていた。ほんとにどうしたガリ男よ。

やっとしゃんと戻った藤くんがなにかを言おうとしたとき監督さんから撮影開始の号令がかかる。結局、藤くんの言葉を聞けないまま指定された配置についた。

どうやら今回撮るシーンはワンカットずつが多いようでそう長くは時間をとらないらしい。「名前ちゃんが普段通り自然にできれば」と強調して言われたが。

とりあえず、用意された白を基調とした部屋で腐れ縁たちといつものようにじゃれあえとのことだ。



「よし、麻雀やるか」

「その格好で麻雀とか言うな、萎える」

「名前は全てを台無しにするのが得意だよね」

「それが名前である!」

「うっさいわ!じゃあ、将棋でもする?」

「なんでおまえそんなおっさんくさいの。俺もうやだ、せっかくのかわいい女の子像が…」

「木っ端微塵に砕け散ったね」

「え、どうしたの。チャマちゃんなんで涙目?」

「名前のせいだって」



わいわい、やいやい。いつの間にかわたしの緊張は遥か遠くに飛んで行って見えなくなっていた。こんなにかわいくしてもらったヘアメイクさんたちには悪いが、いつもの調子でげらげら笑っていると、またしても目に入る、いつもと様子がおかしい藤くん。いつもと違ってわたしたちの輪に入らず隅にいる藤くんに近づくと、また驚かれてしまった。そのあと真っ赤になる藤くんの顔。



「藤くん?ねえ、どうしたの?」

「へ!?あ、いや、なんでもないよ」

「なんでもないって、様子変だよ?」

「んなことないべ」

「ああ、分かった。プリンの拾い食いしたのか」

「なんでだよ!」

「駅前のプリン。…しない自信ある?」

「……なくは、ない」

「っぷ、はははは!すんのかよ!」



目を泳がせながら呟いた藤くんに、思わず爆笑してしまう。いや、ほんとメイクさんすみません。でもこれは笑わずにはいられません。

すると、よっぽどわたしの爆笑した姿が面白かったのか(だとしたら失礼だ)やっと藤くんはいつもの笑顔で笑ってくれた。
これこそ名前さまのパウァーだよね。



「…だよな。名前は名前、だもんな」

「藤くん?」



藤くんがなにに納得したのかは分からないが、いつもの様子に戻ったし、頭を撫でられたのでよしとしますか。

いつもと様子が変だよ藤くん事件も一件落着したところでいったん監督さんから声がかかる。どうやらこのシーンはおしまいらしい。



「ああ、ふたりは残って。最後のシーン撮るから」



そう指示されてわたしと藤くんだけ残り、他の3人は「腹減った」と言いながらスタジオを出て行く。なぜかスタッフさん、そして監督さんまで出て行ってしまうではないか。じゃあなんでわたしたちここに残っているんだろう?監督さん曰く休憩らしいが。



「なんかいつもと違うな」

「ふふん。もっと褒め称えたまへ!」

「中身は変わんないか…」



突然なにを言い出すのかと思えば。そりゃあまあメイクさんやスタイリストさんの神の手によってかわいらしくしていだたきましたからね。



「かわいい」

「……はい!?」



なんと言いました、この人は!?なんで突拍子もなくそんな恥ずかしい台詞が言えるのかな!いやたしかに褒め称えろとは言ったけども、それはいたものように「はいはいかわいいねー」って流されると思ったからであって、そんな真面目な顔して言われるとは微塵も思っていなかった。
なぜそんな余裕綽々でとんでもないことを言ってのけるんだ!大人だからか!大人の余裕なのか!これがおまえたちのやり方かぁあ!!



「かわいいよ、名前」



真正面からわたしの瞳を覗きこむ真剣な眼差し。藤くんってこんなこと平気でするキャラだっけ。

今思えばこんなに近距離で真正面から藤くんを見たことなんてなかった。きっとそのせいだ。その瞳から目をそらすことができないことも、こんなに胸が熱くなってしまうことも、ぜんぶ見慣れていないせいなんだ。



「ふ、ふじくん…」

「名前」



見たことない藤くんの大人の顔。それが徐々に近づいてくる。大きな手のひらでわたしの頬を包んで、優しい眼差しでわたしを見つめる瞳。

ああ、その瞳に吸い込まれてしまいそう。
唇が触れあうまで、あと2センチ。



「はい、カーット!おつかれさまー」



スタジオに響き渡る監督さんの声。どこかに消えたはずのスタッフさんや、ニヤニヤしたチャマちゃんたちまで出てきた。もうなにがなんだかわからないわたしは呆然とするしかない。藤くんに視線を移すと、彼もなにごとか分かっていないようで同じく呆然としていた。



「お疲れさま。おかげで自然な画が撮れたよ」



「自然な」を強調されたが、つっこむ気力も余裕もない。というか意味が分からないんだけど。誰か説明プリーズ。そんなわたしたちに近づいてきたのは悪戯が成功した悪ガキのような顔をしている3人組。



「ようは純情を利用されたってことだね、藤原」



怖いほど爽やかに告げたヒロくんの言葉で、藤くんの顔から一瞬にして血の気が引いたかと思えば、今度はゆでだこのように真っ赤になった。そして青春ドラマよろしく叫びながら走り去ってしまった。



「…青春?」

「青春だなあ…」

「青春だ…」

「青春だね。おっさんの」



走り去った理由は分からないが、藤くんの背中にもの哀しさを感じて余韻に浸る。ヒロくんの余計な一言で全部台無しになった。



「撮影終了!みんな、お疲れさま」



監督さんの一声で撮り終えたPVは、後日DVDとなってわたしのもとに届けられた。
鑑賞会と称して嫌がる藤くんも誘い無理矢理PVを観せたことに後悔するのはそれから数分後の話である。





きみまであと数センチ
(おお、藤原純情物語じゃん)
(女の子かわいいじゃん!あ、じゃじゃ馬かあ)
(がんばれ純情ボーイ!あ、藤原かあ)
(純情如きがキスしようとするなんてねえ)
(ここだけの話ほんとはしたの?してないの?)
(少しは触れたんじゃねえの?なあなあ)
(むっつりな藤原ならやりかねないよね)

(もうほんと勘弁してください)
(ほんと、ごめんなさい)


back