日曜日、自宅で詞を考えていたら乗り込んできたいつもの4人。今日は本当にただただ暇だったらしく、別々で俺ん家に向かっていたら、道中たまたま合流したらしい。その証拠に漫画を読んだりゲームをしたりと各々が楽しみ、いつもの粘密(にしては雑)な悪戯をしようとしない。というか人の家を暇潰しの集会所にしないでほしい。
珍しくまったりとした時間の中で、それはふとしたときに起こった。
「はいはい、もしもし?」
携帯の着信音に対応したのは名前だった。誰かから電話がきたんだなあ程度で特に気にもとめていなかった。あの言葉を聞くまでは。
「今日はお兄ちゃんが当番でしょ」
お兄ちゃん…。お兄ちゃん……!
俺の脳内はその言葉だけリピートしていた。
だって今、名前がお兄ちゃんって!
「うん、じゃあね。…え、なに?」
「見ないほうがいいよ、名前」
「でも藤くんガン見してくるんだけど…」
「いいのいいの。気にしなくて」
「そうそう、変態が移るぞ」
升だけには言われたくない。
いつものことだと、よく知る3人は俺のことすら見ずに淡々と答える中でなおも心配そうな顔をして俺を見つめる名前。心配してくれているところごめんな、そんなに大したことじゃないんだけどさ。
「今、お兄ちゃんって…」
「はいきたー」
「へんたーい」
「ロリコンくたばれー」
「増川さん。あなただけ重すぎないですか」
けれども俺はめげない。
ヒロの笑顔で吐く毒舌なんて慣れっこだ。慣れっこなんだ。うん、大丈夫なんだ。……うん。大丈夫かな?
「それって、今の電話の?」
激しく頷く俺に「え?だから?んん?」と名前はさらに首を傾げる。彼女のそんな仕草にちょっとキュンてしただけで、チャマや升に冷たい視線を送られた。ヒロも笑顔だが目は笑っていない。いいべそれくらい。これは妹とかそういうの関係ないんだから。
「お兄ちゃんって響き、よくね」
その瞬間、はじめて自宅に氷河期が到来した。名前が首を傾げたまま固まっている。
誰もが動けない空気の中、それをぶち壊したのは意外にも名前の笑い声だった。
「あはは、なんだそりゃー!」
「え、なんで笑ってんの?」
「まさか名前まで変態に…!?」
「ンなわけねーだろ」
「頭壊れちゃった?あ、元からか」
おとなしかった反動なのか、今日のヒロの毒舌はキレッキレだ。いったいこいつになにがあったんだ。
ヒロに恐怖していると、大笑いをぴたりとやめた名前が笑顔のまま俺に言うのだ。
「夢見てんじゃねーよ、オッサン」
「は?」
「フフ。言うね」
いやいや「フフ。言うね」じゃねえよ。俺たちが名前の暴言に呆然とする中、なぜかニヤリと不敵な笑みを浮かべたヒロ。(もはや魔王かなんかに見えてきた)
名前は爆弾発言をかましてもなおにこにこと満面の笑みを浮かべている。
「実際お兄ちゃんって呼ぶのはほんの数回。用があるときだけ」
「お兄ちゃんもう朝だよ起きて!って朝起こしてくれたり、お兄ちゃんおかえりなさい!って笑顔で出迎えてくれたり、わたしお兄ちゃんと結婚する!って小さい頃約束したことを恥ずかしながらも覚えてたりしねえの!?」
「藤くん!もうやめな!そんな藤くんを見たら色んな人が泣いちゃうから!」
「あはは。そんな藤原を見て泣く人いたっけ?」
「ヒロォオオ!!」
「まあ俺ほどじゃないが藤原もなかなかカッコイイからね。俺ほどじゃないけどね、うん」
「秀ちゃん、1時間でいいから黙ってて」
まともなことを言いつつ、ヒロと升につっこみを入れるチャマの言葉など俺の耳には届いておらず。
ただ名前が言った衝撃的事実に唖然としていた。
「お兄ちゃん一緒に買い物行こ!」
「お兄ちゃんご飯できたよー!」
「お兄ちゃんたら、もうっ!」
「お兄ちゃん、だいすき!」
あんなに憧れていた俺の夢の妹ライフが音を立てて崩れていく。なおイメージ映像の妹役は苗字名前さんでお送りしております。
「ちょっと、ねえ、が呼び名だね」
「え、それで通じんの?」
「だって他の人はちゃんと名前で呼ぶもん」
「じゃあ名前呼ばないの兄貴だけってこと?」
「まぁ、そゆこと」
「俺の、俺の、妹ライフ…」
ああ、めまいがしてきた。なんだか意識が朦朧としてきたようだ。お兄ちゃんと呼ばない妹の実態があまりにも想像とかけ離れ過ぎているせいだ。
今俺の頭の中では妹役のかわいらしい名前が「お兄ちゃん」と呼びながらこちらに手を振っている。もはやイメージ映像ですら霞んで見えてきた。
「面と向かってお兄ちゃんお兄ちゃん呼ぶ人なんかそんなにいないよ」
「どんな夢見てるか知らんけど…」と言葉を濁した名前は、まだぼうっとしている俺に視線をあわせ、満面の笑みを浮かべて追い討ちをかけるのだ。
「ギャルゲばっかしてんじゃねーよ」
(なあ、藤くんほっといていいの?)
(別に大丈夫でしょ。トランプしようぜ)
(わたしババヌキがいいなー!)
(じゃあ名前はできないね)
(ヒロ。おまえ今日ほんとにどうした?)
(トランプ大会が開催された自室の隅で俺は膝を抱え少しだけ泣いた)