打倒魔王。
俺の頭の中は、過去も今もきっと未来もその言葉に縛られている。それほど奴が憎いのだろうか。否、それは違う。こんなにも打倒魔王に執着するのは、俺が魔王の天敵である勇者だからである。
「なにカッコつけてんの?」
そびえ立つ魔王城を見つめる俺に、冷めた視線を送ってきたのは格闘家のチャマ。素手で戦うことを得意とする喧嘩馬鹿だ。喧嘩または戦闘以外のときはまるでやる気がないぐうたらで、そこにつけて菓子ばっか食うから太るんだ。
「もう疲れたあ…」
本日何度目かの「疲れた」を発したのは魔導師の名前。魔力はずば抜けて素晴らしいの一言に尽きるが、いかんせん体力がなさすぎる。強い魔物から逃げたときもこいつだけ逃げ遅れることが何度もあった。そのとき言っていた言葉もたしか「疲れた」だった。
「おーい、おまえら。先に進むぞ」
そしてこいつが遊び人の升。なぜかこのパーティーメンバーでダントツに強い。勇者の俺よりも強い。ドラ●エでは遊び人はいちばん弱くて必要性が感じられないはず。なのに升はずば抜けて強かった。これはもう素直に認めざるを得ない。
「まあ秀ちゃんが言うなら…」
「秀キチが言うならもう少しがんばるー」
強いだけではない。升はパーティーメンバーを纏める役でもあった。なぜだ!強くてリーダー的存在だなんてまるで升が勇者じゃないか。
ねえ、俺が勇者である意味あるの?なんだったら俺は音楽家でもいいんだけど。そんな強い願望で勇者になりたかったわけじゃないし。正直、そんなに打倒魔王とか燃えてないし。むしろ嫌な予感しかしないから勇者を辞退したいくらいだ。だって魔王ってあれでしょ、残ってるのあいつしかいないじゃん。
「おーい、藤原。行くぞー」
「藤くん早くー」
「おいてっちゃうぞー」
「…今行く」
本当に俺の存在っていったいなんなんだろう。
勇者の存在に疑問を覚えながら、俺たちは升を筆頭にして最終ダンジョンである魔王城へと向かった。
「みんな、準備はいいか?」
「あ!名前、俺のお菓子食べただろ!」
「疲労には甘いものなんだよ。とても美味しかったです。なーむー」
「なーむー、じゃねえよ!あのチョコレート、個数限定品なのに!」
「ちょっとおまえら、準備は…」
「ほら。もうボス部屋前なんだからおまえらしっかり準備しろー?」
「秀キチが言うならそうしまーす」
「りょうかーい」
「よし。準備OKだな。ん?どしたの藤原」
「いや、なんでもない…」
ようやく着いたボス部屋前。
相変わらず、チャマも名前も俺の言うことはきかないのに、升の一声でしゃきっとする。今にも心が砕けてしまいそうな状況で、俺たちは最後の間へと足を踏み入れた。
「やあ。よくきたね」
禍々しい雰囲気。響いた声は俺たちの背筋を凍らせるのに十分だった。
黒い炎に照らされた魔王・ヒロは、口許に笑みを浮かべていた。その微笑みがより一層不気味に感じてならない。不気味どころか恐怖すら感じる。
「ここであったが百年目!俺と勝負だ、魔王!」
違う。そんなことは微塵も思っていない。でも言ってしまう。それが勇者の宿命というもの。悲しい性である。
俺がびくびくしながら魔王に勝負を挑んでいるというのにこいつらときたらどうだろう。最終戦のぴりぴりした雰囲気はどこへやら、俺の目の前には、この場には相応しくないちゃぶ台を囲んでいる仲間と魔王の姿があった。
「ローン!メンタンピン一盃口ドラ1!」
「げっ!?まじかよー…」
「悪いね、チャマちゃん」
「悪いけど頭ハネだよ、名前」
「え?」
「ロン。四暗刻単騎」
「ええ!?国士無双に続いてまた役満かよ!」
「チート過ぎるよヒロくん!」
「はいはい、48000ね」
「もうハコだっつーの!」
「すごいなあ、増川」
「ちょっとおまえらなにしてんの」
俺が口を挟むと、4人は「おまえのほうこそなに言ってんの」と言いたげな表情で俺を見つめてくる。やめてくれ、俺のライフはもう0だ。
「麻雀だけど」
「見れば分かる。なんで魔王と麻雀してんの」
「なに言ってんの、藤くん。魔王と麻雀やっちゃだめなんていう法律ないだろ」
「ないけどさ。この場合、戦うのがセオリーだろ」
「藤くん、ヒロと戦うの…!?仲間に剣を向けるなんて最低だよ!」
名前の「最低」という言葉は俺の心を突き刺しぶっ壊した。「ヒドイヨーフジワラー」というヒロの心にもない言葉でいらっとしたのは当然の感情だと思う。
「まあまあ。ふたりとも落ち着けって。藤原の立場も考えてやんなきゃな?」
「秀キチが言うなら…」
「ま、秀ちゃんの言うことも一理あるか…」
だからどういう立場なんだよ、おまえは。チャマと名前をなだめる升を遠い目で見やる。
俺に影がさした。仲良さげにしている3人から影の正体に視線を移すと、そこには満面の笑みを浮かべる魔王ことヒロが仁王立ちしていた。
「じゃあ、俺と勝負する?」
身の毛もよだつ言葉に目の前は真っ黒になった。
「うわあっ!?」
「わ、びっくりしたー…」
「なんだよ、突然。大声あげたりして」
気がつけば背中がぐっしょりと汗で濡れていた。名前とチャマが変なものを見るような目で俺を見ている。先ほどと違って私服に身を包むふたりを見て、今までが夢であったことを知る。なんっつー夢だ。
「あ、チャマそれロン!」
「は?…ああ!切るつもりなかったのに!」
「だめだめ、一度切ったんだから有効だよ。メンタンピン一盃口ドラ1で跳満ね!」
「あーあ…」
「残念だけど頭ハネだよ、名前」
「え?」
「ロン。四暗刻単騎」
「ええ!?国士無双に続いてまた役満かよ!」
「チート過ぎるよヒロくん!」
「はいはい、48000ね」
「もうハコだっつーの!」
「すごいなあ、増川」
デジャヴだ。
やつらは仲良くテーブルを囲んで麻雀をしている。和了った役も夢の中と全く同じだった。まさかこれを示唆する夢だったというのだろうか。だとしたら余計な悪夢がつきすぎだ。
「もう!藤くんが大声をあげたせいだかんね!」
「は?なんで俺のせいなんだよ」
「大声にびっくりして、切るつもりのない牌を落としちゃったの!」
「そんなこと言われてもなあ…」
「あ!藤くん、それ!」
「えっなに?」
「その手元にあるCD、わたしの!藤くんが手で圧力かけたからケース割れちゃったじゃん!」
「ご、ごめん!」
「藤くんのせいだー!」
「藤くんのあほー!」
チャマと名前から罵詈雑言の嵐である。ヒロはその様子を楽しそうに鑑賞している。少しは助けてくれ、と視線を送ってみたが無駄らしい。
悪ガキコンビに迫られ困り果てている俺に救いの手を差しのべたのは、意外にも傍観者に徹していた升だった。
「まあまあ、ふたりとも落ち着けって。藤原も悪気があったわけじゃないんだしさ。チャマは次がんばればいいし、名前のCDケースは俺が替えを買ってやるから」
「秀キチが言うならいいけど…」
「ま、秀ちゃんの言うことも一理あるか…」
なにこれデジャヴ、再来。
結局、夢の中でも現実でも同じじゃないか。
「藤原、ドンマイ!」
きらきらと爽やかな笑顔を向けてきた升に、俺は戸惑うことしかできなかった。
そんな様子を爆笑しながら見ている増川に、いらっとしたのは当然の感情だと思うし、またデジャヴであった。
涙も落ちたよ、デジャヴだよ
(麻雀も一息ついたし、コンビニ行くか)
(秀キチが行くならわたしも行くー)
(あ、俺も)
(俺も行くよ。藤原は?プスス)
(ああ…俺も行くわ…)
(おーい、藤原。行くぞー)
(藤くん早くー)
(おいてっちゃうぞー)
(…今行く)