最高のプロポーズじゃないか!


偽り。紛いもの。嘘っぱちの言葉。
たしかに彼はそう言った。昨晩のチキンランは、嘘っぱちの言葉ばかりを並べる偽りの者たちの紛いものの塊であると。

雀荘から帰ったあとの彼は、どこかいつもと違うように思えてならない。これが幼馴染の勘ってやつなのかな。



「小鳥遊さん!」



寝不足でぼうっとしている頭に甲高い声が響く。いつの間にか目の前には、緊張した面持ちの女の子と、その友人であろう女の子が立っていた。いったいなにごとだろう。不思議に思いながら彼女たちを見つめると、彼女は意を決したように、ずずいとわたしの前に手紙を差し出した。



「この手紙を赤木くんに渡して欲しいの」

「赤木、今日休みでしょ。でも幼馴染の小鳥遊さんなら渡せるじゃない」

「お願い、小鳥遊さん」



確かに今日しーくんは「眠いから」という理由で登校していない。そりゃあ、チキンランをして海を泳いで夜通し麻雀をすれば疲れもする。結局、文句のひとつも言えずにわたしだけ家を出た。わたしってだめな幼馴染かしら。甘すぎ?



「小鳥遊さん?」

「え?」

「ぼうっとしてたわよ。それで、結局渡してくれるの?くれないの?」

「いいですよ。お預かりします」



いまいち状況が把握できないまま手紙を受け取ると、彼女は嬉々とした表情を浮かべ、もう一度わたしに一礼したあと友人とともに黄色い声で話しながら去って行った。

しーくんが彼女と文通をしていたなんて、ちっとも知らなかった。
手紙を見つめながら眠気に誘われるがまま、またぼうっとしていると前席に座る顔がにやにやしながらにゅるりとこちらに振り向いた。



「如何したんだい、浮かない顔をして」



特別落ち込んでいるわけではない。寝不足であることと、浮かない顔の理由として強いて言うなら幼馴染の様子がおかしいことを彼女に伝える。すると彼女は、いつも浮かべているにやにや顔をやめ、珍しく苦虫を噛み潰したような顔をした。彼女がこういう顔をするときは、決まってしーくんの話をしたときである。



「はあ…。相も変わらず彼は理解し難い男だな。最も理解に苦しむのは、そんな男が我が校の女子生徒諸君に絶大な人気を誇る事だ」

「そうなんですか?」

「そうなんですか?って君ね。君が今持っている物は何かね」



彼女はひとつ盛大な溜息をつき、顎でわたしの手元にある手紙を指した。



「なにってお手紙ですけれど」

「手紙は手紙でも其れは恋文だよ」

「愛の言葉を綴る、あの恋文ですか?」

「如何にも」

「文通だと思っていました」

「赤面の乙女が男に送る手紙の何処が文通なものか。相も変わらず君は本当に鈍いな」



これが恋文。はじめて見た。
この手紙が恋文であると認識するやいなや、なんだか重要な任務を任されたような気持ちになり背筋がしゃんとなる。すると「そしてとても単純で純粋だ」と言われた。



「まさかしーくんが恋文をもらうなんて」

「おやおや、寂しいのかい?」

「そうではなく驚きました。色恋沙汰なんてないと思っていましたから」

「何を申すか。先程も言った通り、君の幼馴染は数多の乙女達から想いを寄せられている。私には薄気味悪い雰囲気も、盲目の彼女達には謎めいた雰囲気でそれはそれは妖美らしい」



なるほど、それは知らなんだ。でもしーくんって謎めいた雰囲気かな。すでにあらかた作り終えていて、彼のご飯の要望が通らないときはとてもわかりやすく拗ねるけれど。
「其れを知らないのは、世話女房と云われる君ぐらいのものだ」と彼女は呆れたように言う。



「世話女房って?」

「【世話女房】1、こまめに夫の面倒をみて家庭内をうまく切りまわす妻。また、家事に苦労して所帯じみた妻。2、歌舞伎で世話場に登場する女房。またその役」

「それは知っています。どうしてわたしが世話女房と呼ばれているんですか?」

「自分の噂も知らないのかい?有名な噂なのに全く平和な頭の持ち主だねえ」



彼女はまたもや呆れ顔だ。そんなに有名な話なのだろうか?されどわたしは全くもって知らない話だ。当の本人であるわたしの耳に届かぬ噂だ、認知度が高いなど彼女の気のせいだ。知り合いが噂されているから色濃く耳に残っているだけだ。そう思う反面、彼女の情報はたしかなものが多いので信憑性がある。



「誰とも群れない赤木が唯一隣に居る事を許す人物が君だ。そんな君は赤木が居れば、まるで女房の様に忙しなく彼の為に働く。そんな様子を見てついた噂だよ」

「そんなつもりはありませんが…」

「君には正常でも、他人には異常に見える事はよくあるのさ。因みに内縁の妻という噂もある」

「内縁の妻?」

「【内縁の妻】同居し生活をともにする、事実上の婚姻関係にありながら、婚姻届を出していない事が理由で法律上の配偶者とは認められない妻のこと」

「同居はしていますが婚姻関係ではありません。よってその噂もただの噂に過ぎません」

「模範解答をどうも有難う」



「しかしだな、小鳥遊すずめ」と彼女は神妙な面持ちで小さく呟いた。一瞬、背筋がぞわぞわしたのは面妖な空気を纏う彼女のせいだ。



「世の中の乙女達は恋愛に於いて実に過敏だ。君にとっては日常的で彼が只の幼馴染だとしても、間違いなく彼女達は君に羨望の眼差しと、薄汚れた嫉妬を送るだろう。誤解しないで欲しい。君が悪いと言っている訳ではない。如何しようもない事なのだよ」



「そこで君に問おう!」と指を一本立て、彼女はわたしの目と鼻の先で、にやりと不敵な笑みを浮かべる。その瞬間、面妖な空気は去り、いつもの掴めない彼女に戻った。



「君には、赤木しげるという男がどの様に映っているのか?」

「どうもこうも、しーくんは幼馴染です」

「失礼。訊き方が悪かったな。私は君と赤木の関係を訊いているのではない。赤木に対する君の気持ちを訊いているのだ」



しーくんに対しての、わたしの気持ち。
改まってそんなことを考えたことなどなかった。だって彼は最初からわたしの側にいて、わたしは最初から彼の側にいた。



「彼は、わたしの風です」

「風?」



ええ、言うなれば彼は風。必ずわたしの側にいて寄り添ってくれるもの。優しく包み込み、空気を運んで身体に流れていく謂わば運命共同体。それがなくなれば人は死ぬ。共同体の片割れがなくなればもう一方もなくなる。そうね、まるでそれと同じ。

そう説明すると、前席の彼女は目を見開いた。



死ぬやむときはわたしも死ぬやむときです」



答えが見つかり彼女に話すと、いつもにやにやと笑みを浮かべている彼女の表情が固まった。



「あの、どうかなさいましたか?」

「小鳥遊さーん。呼んでるよ!」

「あ、はい。すみません、席を外しますね」



誰かに呼ばれたため、彼女の表情が固まった理由も、わたしの答えが彼女を満足させるものであるかどうかもわからずじまいだったが、わたしを呼び出した男子生徒と教室を出る際、彼女の笑い声が廊下まで聞こえてきたので、どうやら御眼鏡にかなったようだと思った。



「上出来だ、小鳥遊すずめ。赤木氏のみならず私まで魅了されてしまいそうだ!

だってそれは、最高のプロポーズじゃないか!」

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