麻雀をしてみたい


ことの発端は「麻雀をしてみたい」の一言だったらしい。俺の運命が変わったあの日、赤城を迎えに来た少女は、赤木と同じことを体験してみたいと言った。少女はなかなかの頑固者のようで、あとには引かない。



「で、俺を呼んだのか」



教えることがうまい人。ということで俺の顔が浮かんだらしい赤木に呼び出された。以上が俺がここにいるあらましだ。残念だが教えるのがうまいわけではないことを伝えると「俺に教えてくれたでしょ」と赤木は言った。あれは俺以外に教える人間がいなかったから仕方なくだったが、頼られて悪い気はしないし、先ほどから少女がきらきらと目を輝かせて見つめてくるので、今さら断るのも気が引けて、盛大なため息とともにそれを了承した。



「先日は名乗らずに申し訳ありません。わたし、小鳥遊すずめと申します。本日はよろしくお願いいたします」

「あの日は仕方ないさ。ご丁寧にどうもな。俺は南郷だ、よろしくな」



深々とお辞儀をしてにっこり笑う小鳥遊はとても礼儀正しく、赤木から彼女とはどういう関係か聞き「幼馴染だ」と返答されたときは驚いた。どう見てもいいところのお嬢さんで、赤木の狂気とは無縁の場所にいそうな、のほほんとした年相応の女の子なのに。


挨拶もそこそこに雀荘へ移動する。その最中も、よっぽど楽しみにしていたのか始終笑顔で赤木に話しかけていた。赤木もまた、先日の夜には想像もできないほどの優しい笑みを浮かべている。驚愕した。まさかあれほどの狂気を纏っていた少年がこんな表情をするなんて。むしろこっちが年相応ではあるが、先にあの夜を体験したあとだと困惑する。これが彼女の力なのだろうか。

あまりにも平凡な彼女に触れたことによる赤木のための平凡。それが赤木にもたらされている。

中学生らしいふたりを見て安堵した。赤木の幼馴染という言葉に知らず知らず身体を強張らせていたらしい。目の前の少女は平凡な女学生。麻雀なんてちょっとませているが興味を抱くことはなにごともよいことだ。それに今から向かう雀荘はじいさんだらけの平和なところ。変なことは起きんだろう。



「ツモです!えへへ、綺麗に揃いました」



平和なはず、そう思っていた。あの夜の赤木同様に簡単な麻雀の説明をしたあと開始された半荘戦の東四局。親である小鳥遊がはじめて和了る。



「こ、これは九連宝燈チューレンポウトウ!役満だ!」



なんのことはない。和了ることも、振りこむこともなかった彼女の役満。数分前にルールと、基本の役を覚えたばかりの彼女の役満。役満は役満でも滅多にお目にかかれない珍しい役だ。それなのに小鳥遊は「役満ってなんですか?」と首を傾げた。当たり前だ、知らないのだから。

配牌の段階では役満になりそうな雰囲気はなかった。しかし無駄ヅモすることなく彼女の元に萬子が集まり、わずか6巡目にしてその頭角を表す。途切れることなく萬子が吸い寄せられ、テンパイをしてすぐ九連宝燈を和了った。
まさにパーフェクト。文句のつけようがない。

何度も言うが配牌は至って普通。彼女が九連の匂いを嗅ぎとってツモったとでもいうのか?そんな馬鹿な。


祝福する老人たちにたくさんの点棒をもらい喜んでいる少女を見やる。小鳥遊は自分がなぜこんなに点棒をもらっているのかわかっていない様子だった。たまたまだ、初心者補正というもの。奇跡なんて連続してあるもんじゃない。



「南郷さん、南郷さん」

「ど、どうしたんだ?」

「これもう和了りですか?」

「なに!?」



東四局一本場。配牌を終えてツモった瞬間、投げかけられた問いに彼女の手牌を凝視する。

確かに和了っている。天和テンホウだ。
役満を和了ったあとの役満。イカサマでもしなければ天和だって滅多にお目にかかれない。しかし彼女は全くの素人。イカサマなんてできないし、俺に確認してきた瞳が不安げに揺れている。



「南郷さん?もしかして間違ってましたか?」

「い、いや…間違っていない。和了りだ」



間違いない、彼女は赤木の幼馴染。平凡なお嬢さんなんてとんでもない。狂気はないが牌に愛されている。


じいさんたちに祝福され喜んでいる少女を見たあと、少し離れたところでその様子を見つめていた赤木に視線を移す。そこには少女を優しく見つめる赤木がいた。愛おしそうな慈愛の瞳。

彼女の一人勝ちで対局が終了したため、小鳥遊から離れ赤木の元に駆け寄る。



「赤木。あの子、本当に素人なのか?」

「麻雀すら見たことがないよ」

「さすがおまえの幼馴染だな」



煙草に火をつけ、ため息とともに煙を吐き出し呟くと、赤木は満足そうに目を細めた。そして「南郷さんに頼んで正解だった」と言った。別に俺じゃなくても、なんならじいさんたちでも変わらなかったと思うけどな。

尚も少女から目を逸さず優しく見つめる赤木に、ふと湧いた疑問をぶつけた。



「なあ、恋人じゃないのか?」



俺の言葉でようやく小鳥遊から視線を外した赤木は目を丸くして俺を見つめた。しかしすぐに目を伏せて「ふふ。どうかな」なんて意味深な言葉を漏らした。



「そんな器じゃおさまらない幼馴染だよ」



確信した。ただの幼馴染とも思えない赤木の表情と、恋人にしては違和感を感じるふたりの関係。



「しーくん、みてみて!お菓子、たくさんもらっちゃった!」



両手いっぱいに景品を抱えながら歓喜する小鳥遊に歩み寄り彼女の頭を撫でてやる赤木。

平凡な小鳥遊が赤木の平凡をもたらしているわけでもなく、非凡な赤木が小鳥遊の非凡をもたらしているわけでもない。元々ふたりは同じ世界を見ていて同じ世界にいただけ。友人でも恋人でもなく言葉では形容しがたい唯一無二の幼馴染。俺たちには理解できない中で理解し合える関係。
赤木にとってはそれだけではなさそうだが。



「赤木、おまえ…」



帰路に着くふたりの背中に思わず呟く。俺の声に気がついたのは赤木だけのようで、顔だけ振り返り俺の言わんとすることがわかっているかのように妖しく笑い、自分の口元に人差し指をあてる。言うな、という合図だろう。

違和感は恋人の器にはおさまらないと言った赤木の瞳。優しく彼女を見つめる赤木の瞳に孕むあの夜の狂気。当てはまる言葉を知っている。

それは、独占欲。彼女を物にしたいという明確な固執。あんな平和ボケしたようなお嬢さんをなぜそこまでして独占したいのか謎だが、それは幼馴染としての関係より、小鳥遊すずめという人間が赤木をそうさせているのだろう。

赤木のそんな姿に心のどこかで安堵した。

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