後ろから2番目の窓側から2列目の席
俺はやり遂げた。人間、追い込まれたらなんでもできると体感した瞬間だった。それと引き替えに睡眠不足でふらふらだけど。
「凛っ!はいさい!」
「おー、裕次郎…。はいさい…」
「はあやあ!しにひでえ顔してるさー!」
朝から裕次郎の大きい声が頭に響く。課題をほぼ1日で終わらせたせいで寝不足であることを伝えると裕次郎は「なるほどな」と苦笑いをし、眠気覚ましにパイナップル味のあめをくれた。
「もっと早めにやっとけばよかったのに。どうせ遊んでたんだばあ?」
「…あらん。そんなんじゃねえよ」
海岸で出会った女の子の瞳が忘れられなくてなにも手がつかなくなり課題のことをすっかり忘れていた、とはさすがに言えなかった。
絶対ぇ馬鹿にされるに決まってる!
春休み中も部活があったから久しぶりな感じもしない校門をくぐりクラスを確認し教室へ向かう。途中何度か歩いたまま寝そうになったが、裕次郎と同じクラスだったおかげで、なんとかたどり着くことができた。
そのあとの始業式のことは覚えていない。いつの間にか終わってたからきっと俺は寝ていたのだろう。案の定、隣のクラスらしい永四郎と始業式の帰り際すれ違ったときに「寝てたからあとでゴーヤー食わすよ」と言われた。
ゴーヤーだけは勘弁。なんとかして逃げよう。
教室にたどり着き自分の席に座って一息。やっと心ゆくまで寝ることができる。幸いなことに俺の席は後ろのほうかつ窓側の2列目。新学期そうそうついてるぜ。
担任を待つ時間は、久しぶりに級友と会う生徒たちの声で騒がしかったが、それよりも眠気が勝っている俺にとっては子守唄のようだった。
よし、寝よう。
あんしぇーぐすーよー、にんじみそーれー。
「席つけー。やったー久しぶりやさ。早速だが転入生を紹介さりんどぉー。おうい、入れー」
担任が来たことで一度静まった教室内が再びざわつきはじめる。それもそうだ、転入生なんて突然言われたら気になる。かくいう俺も、完全に落ちる前にそんな言葉を耳にしてしまったせいで、眠気を抑え机に伏せていた顔をあげた。
そんな俺たちを置いて、淡々と業務をこなす担任の合図で教室の扉が開かれる。
窓から射しこむ日の光が反射してきらきら輝く色白の肌をもつ人物は、絹のような髪をなびかせて教壇に立った。その頃には今まで支配されていた眠気などどこかに吹き飛んでしまった。
「燕谷瑠菓です」
あの日、海岸で出会った少女は、透き通るような声で淡々と自分の名前を語り軽く頭を下げた。相変わらずその瞳は儚げで今にも消えてしまいそうだ。今度こそ引きとめねばと、思わず席を立ったもののやはり言葉は出てこなかった。
「どうした、平古場。知り合いか?」
「え、あ、いや…」
俺の反応を肯定と受けとった担任は、元々俺の隣に座っていた生徒を空いている席に移動させ、教壇に立つ少女にそこに座るよう指示する。
ゆっくりとこちらに近づき、あの日のように俺を一瞥したあと席に座った少女を見つめながら、俺も力なく席に座った。
担任がその間、少女について言っていた気がするが、俺の耳にはなにも入ってこない。
すぐ近くに海岸の少女がいる。
俺の頭の中はそれだけでいっぱいだった。
前を見つめていたターコイズブルーの瞳がまた俺を射抜き、俺の心臓が高鳴った。
「呼ばれてる」
「え?」
思ってもみない少女の言葉に目を丸くした。少女が指差すほうを見ると、担任が「平古場、春休みボケか?」と呆れた顔で俺を見ていた。
そこでようやく呼ばれていたことと、周囲に笑われていることに気づく。
「燕谷に学校案内、頼んだぞー」
今一度、少女に視線を移すと、彼女は俺の目を見ながら軽くぺこりと頭を下げた。俺も同じように頭を下げると、俺から外した視線は窓の外へと移された。
胸の高鳴りは止むどころかどんどんうるさくなっていっていた。
後ろから2番目の、窓側から2列目の席。
窓側の隣には絵になるきみがいる。
特等席であることに変わりはないが、当分眠れそうにない。