知りたい欲が溢れ出る


満ち足りた気分がすっかりなくなり、久しぶりに食らったゴーヤーが今さら効いてきて自宅に帰るなり俺はベッドに横たわった。
あい、気持ち悪ぃ…。



「凛ー、うひぐゎー来よーさい」

「えーかしまさよー」

「いいからへーく来よーさい!」



めんどくさがっていたら怒られたので、しぶしぶ下に降りてあんまーの元へ向かうと重みのある紙袋を渡された。中を見るとタッパーがいくつか入っている。どうやら夕方にお隣さんからお土産をもらったらしいので、お礼も兼ねて夕飯のお裾分けを渡してほしいとのことだった。
めちゃくちゃめんどくさかったが断れば飯抜きと言われたので歯向かうことなく家を出た。


口の中はゴーヤーの苦さでいっぱいだし、頼まれごとはめんどくさいしで脳が働いておらず、お隣さん家のチャイムを鳴らしてからふと気づいた。ここは長らく空き家だったはずだと。いつの間に隣人なんてできたんだ?

都合のいい予感がしてどきっと心臓が高鳴った。まさかな、そんなことあるわけがない。思い出したのはターコイズブルーの瞳。



「…こんばんは」



開かれた扉の向こうから現れたのは、今まさに思い出していたターコイズブルーの瞳だった。その双眸は俺の目をじっと見つめている。

チャイムを鳴らしたくせに一言もしゃべらない俺を不思議に思ったのか小首を傾げている。

俺は「お裾分け」という簡単な言葉や、チャイムを鳴らす前に支配していた口の中の苦さもめんどくささもぜんぶどこかに飛んでしまっていた。
期待した奇跡を前にしてただ馬鹿みたいに口を開け呆然とするしかなかった。



「あ」



見つめていた彼女の視線が、俺の目から逸れて俺の頭に注がれる。それと同時に頭になにかが乗っている感触がしたあと、すぐ近くで「ぴっ」という鳴き声が聞こえた。燕谷と一緒にいたあの藍色の小鳥が乗っているのだとすぐに理解できた。



「きみの髪、きれいだから好きなんだね」



心臓が破裂するかと思った。まるで力強く鷲掴みされたような感覚。
あんなに感情を表に出さなかった燕谷がうっすらと、ほんとにうっすらとだけど口元に笑みを浮かべたように見えたから。



「それで、なにか用?」



そんな俺などさておき、燕谷は俺が訪問した理由を尋ねた。いつの間にか藍色の小鳥は定位置である燕谷の頭上に移動していた。

途端にめちゃくちゃ恥ずかしくなって、呼吸の仕方も分からなくなったかのように動揺した俺は、燕谷の前に紙袋を突き出した。



「こっこれ!土産、さっき。夕飯の…あんまーから!お裾分け!…ありがとうって!」



俺の言葉に(当たり前だけど)頭を傾げる燕谷にむりやり紙袋を持たせる。ようやく絞り出した言葉はめちゃくちゃでかっこわりーし、なによりこれ以上燕谷の瞳どころか顔すら見ることができなさそうだった。



「じゃっ、じゃあな!」

「…平古場」



そそくさと去ろうとする俺の背中に燕谷の声がかかる。その声にぎくりとして思わず足を止めた。恐る恐る振り返ると燕谷はいつもの表情で手を振っていた。



「ゆたしく、お隣さん」



今日の日中に俺が燕谷に言った言葉に頷くことしかできないかっこわりー俺を早く閉まってしまいたくて自宅に飛び込んだ。


振り返ってももう燕谷はいない。けれど目を閉じればすぐ近くに燕谷のことを思い出せる。
今はもうゴーヤーの苦さはなくて、形容し難いが強いていうなら甘ったるい匂いに包まれている気分だ。


海岸で出会った絵画のようなあの子。
慣れないうちなーぐちでしゃべってくれた。
小さく微笑んで俺の髪がきれいだと言った。

学校でも家でもお隣さんのあの子。
あのときの悲しそうな瞳の意味を知りたい。
笑った表情をもっと見てみたい。
きみのことを知りたい欲が溢れ出る。


俺はその意味が分からないほど子どもでもなければ鈍感でもない。いやでも分かる。

だけどその結論には蓋をした。
そんな感情があるにしろないしにろ、俺はただ、きみのことが知りたいんだ。

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