こちら
擬似超振動によりルークがマルクト領へと飛ばされたことを知ったのは任務から帰還してすぐのことだった。直属の上司であるファブレ元帥からルーク捜索の任をガイと共に命じられ、とんぼ返りでバチカルをあとにした。
ほどなくしてルークを発見し救出。ことなきを得たのだが、ルークは随分とお仲間を連れていた。軟禁されていた割にコミュ力高いな、ルーク。
「遅えよ、メリィ!」と生意気な口を叩きながらも嬉しそうにしているルークを横目に、ルークを無事発見し保護した旨を手紙に書き、使役竜のメーテルに持たせて飛ばした。彼女の体躯は小さいが飛行能力に長けており長距離を飛べるだけでなく速度も速いので、短時間で手紙のやりとりができる。
飛ばし終えたあともルークは生意気な口を叩き続けていた。本当に嬉しかったんだな。まるで犬が全力で尻尾を振っているみたいだ。
うむうむ、かわいい奴め。
「もしかしてあなたがあの
竜騎士メリエル?」
開口一番、事故とはいえルークを連れ出してしまい申し訳ないと謝罪してきた長髪の少女が目を丸くして言った。
そういえばそんな風に呼ばれていたなと、彼女の質問に肯定すると目を輝かせながら見つめられる。少女はぼくを見つめてくるだけでなにも言ってこない。
え、なになに?
「これはこれは、
竜騎士殿。お久しぶりです」
自分の表情が歪んでいくのがわかる。
この嫌味くさくてねちっこくて意地の悪い声には聞き覚えがあった。聞きたくなくても何度も戦場で耳にした声。奴の異名にぴったりだと心の中で悪態をつく。
「ごきげんよう、
死霊使い殿」
振り返るとそこには予想通り長髪で陰険そうな眼鏡が立っていた。青を基調としたマルクトの軍服、死靈使いことジェイド・カーティス本人で間違いない。
「私をご存知でしたか。光栄ですね」
「メリィとジェイドって知り合いなのか?」
「ぜんっぜん。まったく、微塵も」
ルークの疑問を全力で否定した。誰がこいつと知り合いなもんか。こちとらこいつの噂だって耳にしたくない。なんなら次にまみえるときはこいつの死体であることを願っているくらいだ。
「戦場以外で会うのははじめてですね。まさかこんなちんちくりんだと思いませんでしたが」
「おや。ぼくは想像通りの性悪の陰険眼鏡だと思ったけどね」
ぼくと陰険眼鏡の間で静かに火花が散る。
こいつ、無駄に高身長で見上げなきゃいけないから余計に腹が立つ。余裕そうにこちらを見下ろしている態度が気に食わない。
若くして帝位継承をしたマルクト皇帝の懐刀だと聞いていたが本当なのか疑いたくなる。かの皇帝は歯に衣を着せぬ豪放磊落だが威厳と政治的手腕が備わっており、先帝の好戦的外交を廃止し軟化政策を取り和平を望んでいるものの、我がキムラスカ王国との緊張に備え、自国の強兵にも抜かりないと聞く。
こいつの他人を見下し小馬鹿にした態度を見ていると、敵国ながら尊敬できる皇帝の懐刀という事実に首を傾げたくなる。
「竜騎士…。あなたがかの有名なキムラスカ軍第三師団師団長メリエル・スィリー大佐ですか?」
「光栄です、導師イオン。ぼくをご存知とは」
導師イオンの嬉しいお言葉で、ぼくと陰険眼鏡の睨み合いが終わる。
胸に左手を当てて敬礼すると「あなたのご高名はかねがね」と優しく微笑まれた。
なんという美少年、後光が眩しい。
「へえ。メリィってそんなに有名だったのか」
「有名も有名。インゴベルト陛下はもちろん敵軍からも一目置かれてるんだぜ」
「ダアトでも彼女の武勇伝をよく耳にするわ」
中でも、白光騎士団団長と第三師団師団長の二足の草鞋を履いているのはぼくだけだ。身体が足りなくなるほど激務だが幼馴染の頼みとありゃお安いもんさ。
あまりにも導師イオンやガイ、長髪の少女が褒めてくれるもんだから鼻高々になっているとルークに「ただの馬鹿じゃなかったんだな」と一蹴される。
「ルークってば、ひっどーい!」
「だっておまえいつもおちゃらけてんじゃん」
「能ある鷹は爪を隠すんだよ」
「ふーん」
「もうちょっと関心持ちなよ!ぶーっ!」
「まさか気高い竜騎士がこんな人だったなんて。……かわいい」
「それにしても不思議な光景ですね。ジェイドとメリエル大佐がこうして肩を並べているなんて」
「たしかに、ふたりとも両国の大佐格だしな」
生意気なルークの胸板をぽかぽか叩いていると、導師イオンが不思議そうな表情でぼくと陰険眼鏡を見比べていた。ガイの言葉に対し導師イオンは「それだけではないんです」と言葉を続ける。 言われたガイはもちろん、ぼくも導師イオンの言葉の意図が読めない。どうやらルークも長髪の少女も同じようでみんなが導師イオンを見つめていた。
ただひとりだけ、陰険眼鏡だけは導師イオンの言葉の意図がわかっているようだった。その澄ました顔、ほんと気に食わない。導師イオンの御前で申し訳ないが心の中で舌打ちをした。
「生を司る竜騎士メリエルと、死を司る死霊使いジェイド。まるで生と死のように対となる相容れないふたりがここにいるんです。だからより不思議に感じるのですよ」
たしかにぼくは竜という生き物と共に戦う。死霊を使う陰険眼鏡に対し、生死で対になっていることも頷ける。それにこの陰険眼鏡とは第三師団師団長だの階級だの得物が槍だのと重なる部分が多い。その中で違うところがあれば比較して言われるようになるのも納得できる。
しかしまさかそんな噂があったとは。自分のことながら知らなかった。ほう、と感心していると頭上から鼻で笑う音が聞こえた。見上げるとそこにはあの気に食わない顔でぼくを見下ろす陰険眼鏡がいた。
うっっわ、むっかつくぅ〜!
「ぼくはこんな奴と会いたくなかったけどね」
「おや、奇遇ですね。同感です」
「相入れない者同士、仲は悪いみたいね」
ほんっっっと、やな奴!!
導師イオンの御前だと自分に言い聞かせて武器を取り出したい衝動を抑える。その代わりにいつか絶対その首をとってやると心に誓った。