東ルグニカ平野


まさか因縁の相手と共闘することになるとは思わなかった。かつてのぼくに現状を話したら卒倒するだろうが、驚いたのはそれだけではない。
こいつ、弱くなってない?



「は?封印術ぉ?」

「ええ。タルタロスで黒獅子ラルゴに」



長髪の少女ティアちゃんが説明してくれた。
なるほど、敵さんもいちばん厄介な奴をはじめに潰しにかかったわけね。賢明な判断だな。それにしても…。



「まんまと罠にかかるなんて、死霊使い殿は意外と間抜けなんですねえ」



ここぞとばかりに鼻で笑い馬鹿にする。まあ目線はあいつのほうが上なんだけど、今の死霊使いなど恐るるに足らず。いくらぼくと奴の間に頭いくつ分もの身長差があろうと優越感に浸る。



「護衛対象に守られてちゃ世話ないよねえ」

「いやあ、おたくの護衛対象がせめて使い物になれば老体に鞭打たずに済むのですがねえ」



ルークが使い物にならない?グランツ殿やぼくと修行に励んでいたルークが戦闘の役に立たないわけがない。粗削りですぐ調子に乗るところもあるが元々の戦闘センスはいいのだ。使い物にならないほどではないはず。

どうせ売り言葉に買い言葉だと思っていた。しかし陰険眼鏡の言葉が事実であることをすぐに痛感することになる。


タルタロスを襲った信託の盾騎士団の残党だろうか。しつこいくらいに間髪入れず奴らが襲いかかってくる。あーもうだるいな。

ぼくは先頭でイオンさまやルーク、ティアちゃんを背後にかばいながら向かってくる残党を斬り捨てていく。

前からも後ろからも横からも向かってくるため、ぼくとガイでルークたちを挟み、さらにその中でティアちゃんと陰険眼鏡がルークたちを挟んでいる布陣だ。



「私も前線に行きます」

「なに言ってんの。女の子は守られるものだよ」

「え!?あ、あの…はい…」

「おやおや、竜騎士殿は女性たらしでしたか」

「あんたうるさいな」



頬を染めて頷くティアちゃんに、陰険眼鏡が小馬鹿にするようにわざとらしく笑いながら吐き捨てる。ああほんとにいちいちうるさい奴。

これによりティアちゃんが前線に立つことはなかったが、せめて援護はすると言って聞いてくれなかったので現在の配置となった。

しかしいかんせん敵の数が多すぎる。そのせいかいくら後衛とはいえ、譜術を使用する頻度も高く、陰険眼鏡の呼吸が僅かだが浅くなっていることに気づいた。



「ちょっと、こんなところでへばんないでよ」

「誰に言っているのです?まったく、無駄口を叩く暇があるのなら漏らすことなくすべて前線で片をつけてください。若者の尻拭いも老体には堪えるのでね」



背後の陰険眼鏡は珍しく苦虫を噛み潰したような顔をした。
ああ言えばこう言う。ほんと腹立つ陰険眼鏡!心の中でたくさん悪態をつきながらも表では舌打ちひとつで終わらせると、長旅の疲れかイオンさまが倒れてしまい休憩をとることにした。


そこで事件は起こった。ぼくは先ほどの陰険眼鏡の言葉を理解することになる。

斬りかかる刺客に対して、呆然と立ち尽くすことしかできないルークを庇ったティアちゃんが負傷してしまったのだ。



「ごめんなさい、ティアちゃん。ぼくがルークの側を離れなければこんなことにはならなかったのに…」

「いえ。あのときメリエル大佐はイオンさまを守ってくださっていたので、これが最善でした」

「…感謝します。ティア・グランツ響長」



ぼくがそう言うとティアちゃんはにっこりと笑った。もしも痕が残ったらぼくが責任をとると言ったら、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
メーテルが手紙を届けている途中で不在のため、治癒術は使えないが応急処置でなんとかことなきを得た。思ったより怪我も浅くて一安心だ。

あとはルークか。少し離れたところで背中を丸め座り込んでいる背中を見つけて近寄る。



「ルーク」

「…メリィ。おれ…おれ、なにも…」



僅かに震えているルークの両肩を掴み目を合わせる。しばらくそういていると、少しだけ震えが緩和したようだ。先ほどまで俯いて目を合わせようとしなかったルークが、今はぼくの両目をじっと見つめている。



「君に人を殺してほしいとは思わない。奥さまのことを思えば、できるなら殺さずに済んでほしいと願うよ」



ルークは黙ってぼくの話に耳を傾ける。奥さまのことを話題に出したら眉を顰めたがゆっくりと頷いた。大丈夫、ルークはちゃんとぼくの目を見て話を聞くことができているのだから。



「だがここは戦場だ。戦場である以上、敵は殺される覚悟をもって殺しにくる。その覚悟がある者の前では覚悟のない者は絶対に死ぬ」



「死ぬ」という単語にルークが唾を飲む。
瞳が不安に揺れ、恐怖の色に染まっていることにはもう気づいているが、ここで安易に「大丈夫だよ」と優しくしてもルークのためにはならない。



「ルーク。人を殺す覚悟なんて決めなくていい」

「え、でもそれじゃ…」

「君は生きなければならない」



人の命を奪う覚悟を持てと言われて、はいそうですかと持てるものではない。かといってここはもう充分に戦場だ、現状は待ってくれない。この戦場をどう駆け抜けるかはルークにしか導き出せないこと。



「覚悟を決められなくても、考えることをやめるな。どうすれば生き抜けるかということだけ考え続けろ」



明日を生きるために相手を殺す、未来を奪ってその重荷を背負う。そんなことルークに課したくはない。けれど生きなければ。それは相手もルークも同じことだ。だからルークには殺す覚悟より、生き抜く覚悟を持っていてほしい。君の心が潰れないように。

「いいね?」と問いかけるとルークははっきりと返事をし頷いた。もう身体は震えていないし、瞳も完全ではないが不安の色は薄れたようだ。



「さ!そうと決まればまずはティアちゃんにお礼言ってきな!そんなんじゃ立派な紳士になれないぞ!」

「うっ、うるせーな!言われなくても行くよ」



仕上げに背中を強く叩いて押した。照れているのか少し顔を赤くしてティアちゃんの元へと向かうルークを見送る。まったく、世話の焼ける幼馴染だ。まあその世話が嫌だと思ったことは一度もないが。



「盗み聞きとはいい趣味してんじゃない」

「おや。ばれていましたか」

「死霊の匂いがぷんぷんするんだよ」



「あなたも獣の匂いがぷんぷんしますね」とにこやかに笑いながら背後から現れた陰険眼鏡を思いきり睨みつける。
ほんといい性格してんな、こいつ。



「意外でした」

「は?なにが?」

「ルーク坊ちゃんのことですよ。もっと甘やかすのかと思いました」

「そんなことをしたってルークのためにはならないし、いつか絶対に彼の心を潰してしまうだろ。他人の人生を奪うなんて容易いことじゃない。それなら生きるために足掻くしかないさ」



死にたくなければ足掻くしかない。生きるためにどうするか考えて選択しなければならない。生きるために考え続けなければ人は死ぬ。ぼくがなにもかも庇護すれば簡単だがそうすればルークはいずれ死ぬ。たとえ生きていても軟禁状態のときと変わらず生かされるだけの籠の鳥だ。



「生かされるだけの鳥は死んだも同義だ」



かつてのぼくがそうだったように。
だが今、ルークは自由を手に入れた。たとえそれがかりそめだとしても、籠の中の鳥は外へ飛び出した。鳥が羽ばたく意味を知るにはうってつけの体験だろう。

ルークは今、大地に血を通わせ生きている。ならばそれを支えてあげるだけだ。道を示してルーク自身の足で歩けるように。



「まるで他人事ではないような口ぶりですね」



なにかを探る目が嫌いだ。研究者という奴らはそういった目でしか物事を見ない。それが当然だと思っている。こいつも同じ。だからこいつの見透かそうとする態度が気に入らないんだ。

睨みつけると「おや怖い」なんて心にもないことを呟いて肩を竦ませた。
なにこいつ、わざとらしいんだけど。



「…容易くはない、ですか」

「は?」

「いえ。竜騎士あなたらしい言葉だと思いまして」

「あっそ」

「私は案外好きですよ、その考え方」

「…そりゃどうも。コーエーです」



まったくわざとらしい。
まさかこいつから肯定的な言葉が出てくるとは思わなくて、なんだか気恥ずかしくなり陰険眼鏡を置いてその場を離れた。

あいつがぼくを見つめていたとも知らずに。



「…生を司る竜騎士あなたらしい考え方です。命を奪うことが容易くないなど、考えたこともありませんでした」

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