コーラル城
無事、導師イオンを救出した古城からの帰り道。決して油断していたわけではない。大広間を通りかかったそのとき奴は現れた。
禍々しい剣を持つ見たこともない魔物。
耳を劈くような悲鳴にも似た叫びは古城全体を揺らし、ぼくたちに緊張と戦慄を齎した。
「なんなのさ、こいつ!」
「わかんないけどやばいよぉ!」
「回復は私が…っく、きゃあああ!?」
「ティアちゃん!…ッチ、通せんぼかよ…!」
後衛の詠唱時間を稼ぐためにぼくが囮になって走りまわったり攻撃を防御で受けとめたりするが、なかなか賢いようで、回復役であるティアちゃんを真っ先に戦闘不能寸前まで追い込んだり、囮役のぼくを仲間と分断し完全孤立化させることで、仲間の手助けをさせないことはもちろん、次点で回復役のぼくのことを潰しにかかるというなんとも戦慣れした不気味な魔物だ。
なによりこいつ、攻撃の出がそれほど遅くないくせに一撃一撃が重いし弱点属性もない。わずかにぼくの攻撃で仰け反るものの手応えは感じられない。
挙句、全員満身創痍。唯一余力があるのはぼくと陰険眼鏡だが、それでも無傷ってわけではない。
陰険眼鏡が封印術を食らっている今、この中でいちばん物理攻撃に長けているのはぼくだ。その攻撃が通らないとなると、考えられる理由は大方、魔物の防御力が高いことと物理攻撃に強いことの2点に絞られる。
となれば定石はひとつ。
こんなときに気に食わないなんて言っている場合ではない。陰険眼鏡に目配せすると、奴も同じことを考えていたようでちょうど互いの視線がかち合いどちらからともなく頷いた。
「大佐!危ない!」
その瞬間、魔物の凶刃は陰険眼鏡に襲いかかろうとしていた。このぼくを無視するとはいい度胸してるじゃないのさ!
ガキィンッと鉄同士がぶつかる音が辺りに響く。
「まったく、それはあなたの担当でしょう?作戦を立てた矢先ひやっとさせないでくださいよ」
「は?それなら邪魔だから、怪我人は退いてなよ」
間一髪。陰険眼鏡と真逆の位置にいたぼくは、槍の反発力を使って高く跳び、魔物の頭上を越えて目の前に着地し一太刀を槍の柄で防いだ。とは言ったがこの馬鹿力、防いだけど結構ギリギリで、受けとめている腕と足が笑っている。
「あなたこそ立っているのがやっとの癖に」
「うるさいな。それより準備はいい?」
「ええ。いつでも」
「そんじゃ、いくよ!」
口笛を鳴らしもうひとりの使役竜を呼ぶ。
雄叫びを轟かせながら、大きな竜が魔物の背後から襲いかかった。おかげで槍の柄にかけられていた重さはなくなり、ぼくの身は晴れて自由となった。
「さあ、暴れるよ!パテル!」
ぼくの言葉に呼応するようにパテルは強靭な爪と牙で次々と攻撃を繰り出す。彼に魔物の意識が集中している間に、パテルが攻撃した部位と同じところにぼくは槍で、陰険眼鏡は譜術の出が早い下級譜術で攻撃をたたみかける。
「見て!魔物が押されてる!」
「あいつ、肩をかばってねえか?」
「攻撃が効いてるのか!?」
「ジェイドとメリエルが竜と全く同じ部位に攻撃することにより亀裂が生じたようです」
「全く同じところに!?あの速さでそんなこと相談もなしにできんのかよ!?」
「常人には無理でも、あのふたりなら…」
どんなに防御力が高く物理攻撃に強いとはいえ、全く同じ部位に攻撃を受け続ければ亀裂が生じるというもの。
さて、そこに大技をぶち込んだらどうなるか?
「ジェイド!今だっ!」
「消えなさい!
“旋律の戒めよ、
死霊使いの名の下に具現せよ!”」
詠唱のぎりぎりまでこちらに引きつけ攻撃をし、譜力の檻で魔物を囲みはじめたと同時に、パテルの背に乗ってみんなの元へと飛び、爆風に当たらないように盾となる。
「“ミスティック・ケージ!”」
巨大な譜力の檻は爆発を起こし、その中に閉じ込められた魔物は力なく地に膝をつきそのまま倒れた。
「力というものを思い知りなさい」
警戒しながらパテルと共に魔物に近寄ると、しばらくして魔物は剣へと姿を変え、そのままどこかへと消え去る。どうやら勝てたらしい。
それにしてもなんっつー威力…。いくらある程度攻撃していたとはいえ一発で倒してしまうなんて。封印術をかけられているとは思えない。
「メリエル」
感謝の意を込めてパテルを撫でていると、背後からかけられた声に振り返る。嫌味くささもなくはじめてまともに呼ばれた名前に少しだけ驚いた。
「お疲れさまでした」
そう言ってあげられた手のひらに、自分の手のひらを合わせ叩き合った。
なんだノリのいいこともできんじゃん、とぼくの口角は自然とあがっていた。
「お疲れ、ジェイド」
封印術が完全に解けていないにも関わらず、あの短時間で上級譜術を解除させたのは正直驚いた。さすがは天才研究者ってところか。
まあ、少しくらいは認めてやってもいいかな。
ほんのちょっと!少しだけど!
「竜騎士が竜を従え戦う姿だけでなく、相反する大佐との共闘もこの目で見られるなんて!感動だわ…!」
「ティアって結構メリィマニアだよな」
「ですが実際すごいことですよ。本来なら絶対に見られない一戦でしたね」
「さすが大佐格。いつの間に作戦練ったんだってくらい一糸乱れぬ動きと見事な連携だったな」
「ええ。あのふたりでなければ成せぬ技です」
「っていうかヤバすぎて途中怖かったよぅ」
「みんなぁ!メーテルを経由して治療するから、こっちにおいでー」
「治療までしてもらえるなんて感無量だわ…」
「マジでマニアだな、おまえ」
「たしかにこりゃ筋金入りだな」
疲労困憊している割に賑やかなルークたちに首を傾げていると、今治療している目の前の男が興味津々にぼくと肩に乗るメーテルを交互に見つめている。
「彼女は第七音素を、彼はその他の音素を扱えるんだ。ぼくはそれを借りてるだけ」
「おや。疑問が口に出ていましたか?」
「みんな同じことを聞くから、あんたもそれを知りたいんだと思って」
「なぜそんなことが可能なのです?」
「そういう風に造られたから」
そう答えるしかない。ぼくと竜の間を繋ぐメカニズムとか難しいことを答えてくれる人はもうこの世にはいないから。
謎というものは人間の好奇心を酷く擽るようで、何度これ以上はわからないと言っても「本当は知ってるんだろ」とか「出し惜しみするな」とか勝手なことばかり言われてきた。
そんなことぼくがいちばん知りたい。
「そうですか」
だからてっきりこいつもしつこく根掘り葉掘り聞いてくると思っていた。予想外な反応に呆然としていると「阿呆面、お似合いですよ」なんてめちゃくちゃ失礼なことを言ってきた。
なんなんだこいつ、ほんとむかつく!
「あなたが言うならそれがすべてでしょう」
「え…。ぼく、口に出てた?」
「その間抜け面に書いてありました」
「おまえな…!」
「人間誰しも人には言えないことや言いたくないことがあるものですからね」
ぼくは「造られた」と言ったのに、こいつは当然のようにぼくを人間にカテゴライズした。不思議な感覚に擽ったさを感じていると、メーテルとパテルが嬉しそうに鳴いた。
ぼくと竜は感情すらも共有する。ふたりが嬉しそうに見えるということはぼくもまた然りということ。そうか、ぼくは嬉しかったのか。
「おまえはさ…」
「なんですか?」
「…いや、なんでもない」
死霊使いなどと謳われたこいつにも、人には言えないこと、言いたくないことがあるのだろうか。それを聞いてみようと口を開いてやめた。それこそ野暮というもの。ひとつもそういうことがない人間がそんなことを言うはずがない。
彼もまた死霊使いなどではなく人間なんだから。
ぼくは頭からその疑問を振り払い、今は激戦を共にした戦友の傷を治すことだけに集中した。