ユリアシティ


死靈使いネクロマンサーと恐れられてきたジェイド・カーティスという人間を近くで見てきた。
コーラル城の難しい機械の前で考え込む姿、アッシュの容姿を見てわずかに見開いた目、そしてルークに言い放たれた「レプリカ」という言葉に歪めた表情を。



「あんた、ルークのこと知ってただろ」



ぼくの言葉に振り返った彼は、わずかに表情を歪めた。もともと感情をストレートに表に出すような奴ではないから腹の中までは読めない。
そんなこいつが唯一「感情」を見せたのはすべてフォミクリーに関することだった。きっと早い段階でルークの素性について気づいていたはずだ。



「なんですか、藪から棒に」

「確証はないけどあんたを見ていてそう感じた」

「おや、竜騎士殿Ms.ドラグーンは私に興味がおありで?」

「うるさい、ただの好奇心だよ」

「死ぬんですか?」

「猫じゃないよ」



いくらぼくを茶化しても声色ばかりで、ジェイドの表情はいまだ硬い。まあ別に言いたくないなら言わなくていいし、これ以上は聞かないけどさ。

しばらくの沈黙のあと、視線を外したジェイドは小さな声で「知っていました」と呟き、レプリカ技術の礎を築いたのは自分だと静かに告白した。



「私は、死というものが理解できないのです」



その言葉を皮切りに、ジェイドはぽつりぽつりと壮絶な過去を溢しはじめた。

壊れたり死んだりしても複製すればいい、という一般的な倫理観から外れた考えを持つジェイド・バルフォア少年は、憧れゆえ尊敬する師を瀕死に追い込んでしまった際も複製をして直した。そうして生まれたのが師とは正反対の凶暴さと残忍さを兼ね備えたはじめての生物レプリカだった。



「カーティス家に養子入りしたあとも、私は愚かにも生物レプリカの研究をし続け没頭しました。どれだけ殺したのか数えきれないほどに」

「だから死霊使いネクロマンサーってわけ」

「ええ。その名で呼ばれるようになったのはちょうどこの頃です」

「…その後どうしたんだ?」

「成果が見られず追い詰められた私は、とうとう自らを被験体にする暴挙に出ました。そして事故が起きた」



事故で己の命が危ぶまれてもなお、ジェイドは研究を諦めようとはしなかったが、そのとき友人にかけられた言葉をきっかけに自ら開発した生物レプリカを禁忌としたという。

因果応報だと語るジェイドの瞳は遠くを見つめていて、彼の心情を読み取るのは至難の技だ。
過ちで師を亡くした過去を悔いているのか、自らの開発で負の連鎖が生まれていることを憂いているのか、理由は不明だがどこか悲しそうに見えるのはぼくの気のせいだろうか。



「過去に戻れたら過去の自分を殺したいですよ」



ぼくが知るジェイド・カーティスという人間は陰険眼鏡で、研究者らしいこちらを探るような目が気に食わない男。でも、他の奴らと違って土足で踏み込んで散らかしていくような奴ではない。もしかしたら過去の自責の念が被験者であるぼくになにかを重ねて向けられたのかもしれないが、その距離感がぼくには心地良かった。



「過去に戻れたら、あなたはどうしますか?」

「過去も含めて今のぼくだ。どうもしない」

「…あなたは、強いですね」



「そしていつだって真直だ」と歪に笑う。
それでも過去を悔いて罪を背負いながら進み続けるおまえのほうがよっぽど強いくせになに言ってんだか。



「あんたがぼくに昔話をするとはね」

「あなたが聞きはじめたんじゃないですか」

「人間誰しも言えないこと、言いたくないことがあると言ったのはあんただろ。ルークのことは認めても過去を話す必要はなかったはずだ」



ジェイドは浅いため息をついて眼鏡のブリッジをあげた。こんなに弱々しい彼を見たのははじめてだが、ざまあみろと思わなくなったのはいつからだろう。少し前のぼくならありえないことだ。きっと今頃ここぞとばかりに彼を嘲笑っていたに違いない。



「…なぜでしょうね。なにぶん、自分から他人に話すのははじめてなもので。もしかしたら、被験者であるあなたに過去を重ねて懺悔したいのかもしれません」

「たとえぼくに懺悔をしたとして、許しを与えるのはぼくじゃないし、罰を決めるのはあんたじゃないだろ」

「あなたに言われるとやけに刺さりますね」



そんなこと知るか。いくら以前より悪態をつかなくなったって、ぼくはそこまで優しくないんだ。思う存分刺されまくるがいい。



「人の死が理解できないからってなんだよ。あんたはそれを禁忌とし、己が罪と科した」



本当の死霊使いなら自分の罪を悔いて贖おうとはしない。今なお研究に没頭して多くの死者を出し続けていただろう。そもそもあんな歪んだ顔なんてしない。
悔いて後ろに下がり、変わろうと前に進めるのは人間だけだ。



「ジェイドは人間らしい人間だよ」



きっとルークも同じ。たしかに彼は知らないとはいえ大罪を犯し、現実から逃げるためになにもかも拒絶した。だけどジェイドの友人のように、きっかけを与えてあげれば人は変われる。もうなにも知らない生かされているだけの鳥ではないのだから。



「恨みますか?私がルークにこのことを伝えていれば最悪の事態は回避できたかもしれない。彼に十字架を背負わせることはなかったでしょう」

「それは結果論だろ。ルークは自ら選んだんだ、たとえヴァンに騙されたとしても。ケリをつけるのは自分自身だ」



多少なりとも方法はあったかもしれないが、あくまで選んだのはルーク自身。ジェイドを恨むのはお門違いだ。

知ってしまったからには今まで通りとはいかないだろう。それがどんなに辛いものだとしても、受けとめなければ前には進めない。ぼくの場合、進んでいたつもりが止まったままであることをつい先ほど気づいたのだが。



「まるでルークではなく、あなた自身に言い聞かせているような口振りですね」

「相変わらず勘がいいこって」

「ヴァンのことを知っていたのですか」



もちろん剣の師としてのグランツ殿なら知っている。共にルークに剣術を教えていた立場だ。しかし、幼少期に片手で数える程度の逢瀬を重ねた許嫁であることは知らなかった。



「ああ、我が愛しのメリエル。ついにおまえをこの腕に抱きしめられるときがきたのだ」



崩れかけている大地で飛行魔物に乗った彼は、慈しむような表情でぼくに言った。その瞬間、幼少期の記憶が蘇った。どんなに精悍な顔立ちになろうとも、ぼくを見つめるその瞳だけは変わっていなかった。



「彼がぼくの許嫁だと気づいたのはついさっき。ホド消滅時に死んだと思っていたけれど、まさかあんなに近くにいたとはね」



昔より会って話す機会はたくさんあったのに、彼の瞳の奥に眠る慈愛には気づけなかったなんて、とんだお笑い種だ。彼に懐かしさを感じていたのは同年代だからではなく、過去の記憶がそうさせていたというのに。



「はじめてヴァンデスデルカと出逢ったのは五つにも満たない年の頃だ。まだぼくがこれから身に降りかかることなど知る由もない頃…」



ぼくの家の庭にある花畑でぼくたちは出逢った。少年は花冠を作るぼくに傅き「ヴァンデスデルカ」と名乗り微笑む。ぼくはそんな彼に花冠を乗せ「メリエル」と名乗り微笑んだ。



「花冠を作り、他愛のない会話をする。たったそれだけをほんの数回だけど、ぼくはその時間が愛おしかった」



程なくしてぼくは地下の闇に囚われ、父親による実験が施されたが、彼と過ごした唯一幸せの記憶があればどんなことでも耐えられた。



「数年後、暗闇の中で聞かされたのは彼の訃報だった。正しくはあいつの故郷が消滅したってことだけどな」

「ホド戦争ですか」

「ああ。その影響でこっちも大津波に襲われたが既に竜と契約していたぼくは生き残ることができた。だけど生きる気力は失った」



なにもかもどうでもよくなったぼくはそのあと、キムラスカの捕虜になり、このまま死んでもいいと思っていた。そんなぼくを救ってくれたのが当時四つにも満たない幼い王女だ。



「薄情者なのさ、ぼくは。あの瞳の奥に気づいていればヴァンデスデルカもルークも、傷つけずに済んだのに」



悲願達成のためとはいえ、感情を殺して、自分を忘れている許嫁と接していた彼はどんな気持ちでいたのだろう。ぼくはどれだけ彼を傷つけたのだろう。



「それこそ結果論でしょう」

「わかってるさ。だからケリはつける」

「…ええ。それでこそあなたらしい」



ヴァンデスデルカの野望のすべてはわからない。けれどそれが恐ろしいものだということはなんとなくわかる。それが実現すればきっと、あの頃のように笑顔で彼の隣にはいられないだろう。



「必要とあれば助力しましょう」

「どういう風の吹き回し?懺悔のつもりなら…」

「違いますよ。強いて言うなら、ただメリエルの力になりたいだけです」



「過去を暴露した者同士、ね」と口角を上げるジェイドにはもう、先ほどの弱々しさはない。なんだ、もう立ち直ったのか。珍しかったのに残念。



「ふーん、同盟ってわけ。それならぼくも力を貸してあげるよ。高くつくけどね」

「おや。竜騎士殿Ms.ドラグーンがいれば百人力ですねえ」

「その言葉お返ししますわ、死霊使いMr.ネクロマンサー



許嫁のことで沈んでいた気持ちが幾分か軽くなっていることに気づく。こいつのおかげだとは本人には言わない。言葉にするのはすべてにケリをつけてから。

今はまだもう少し、この心地良い距離感に浸っていたい。

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