天国は待ってくれる 後編
「清ちゃん!?」
たった今僕がミサイルを撃ちこんだばかりの方向から聞き覚えのある声がした。恐る恐る振り返ると、そこには爆心地である未来の僕に駆け寄るひとりの女性がいた。色素の薄い長い髪の毛を靡かせ、白魚のような指は未来の僕の頬を撫でる。勝色の瞳からは心配の色がうかがえた。
「冴…」
未来の僕に駆け寄った女性は安栖冴。
間違いない。未来の彼女がそこにいた。
未来の僕から反応があったことに安堵した未来の彼女は僕を支えながら起きあがらせる。愛おしそうに僕を見つめるその瞳に思わず胸が高鳴り釘づけになった。それは先ほど僕が否定した未来の僕に向けられているものなのに。
「そういえば冴、さっき電話で今から会えないかなんて突然どうしたんだ?」
「あ、あのね。実は病院に行った帰りなの」
ふたりは立ちあがって話すと、未来の彼女がおずおずと僕の手を引いて自分のお腹に当てる。そして頬を染めて呟いた。
「1ヶ月だって」
その言葉に呆然とする僕と未来の僕。未来の彼女はなにも変わらぬ笑顔を浮かべていた。
未来の僕は声を震わせ彼女の肩を掴む。
「ほ、本当か?」
「うん。清ちゃんはパパになるの」
未来の僕は未来の彼女を抱きしめた。力いっぱい噛みしめるように。その目には涙をためて。
そんな僕を知ってか知らずか、彼女は落ち着かせるように僕の背中をぽんぽんとリズムよく優しく叩きながらその腕の中に収まっていた。
「ありがとう、冴」
「こちらこそありがとう、清ちゃん」
「改めてご両親に挨拶に行こう。式はいつにしようか?」と捲したてる未来の僕に未来の彼女は楽しそうに「そんないっぺんにはできないよ」と笑っていた。
ふたりの左手薬指には指輪はない。代わりに彼女の右手薬指には指輪が光っていたが。まだ結婚していなかったのか。
やはりあいつは未来の僕ではない。僕ならしっ
かり段階を踏んで彼女を幸せにできるのに。
ってなんで僕は冴と結婚することを前提で考えているんだ。場の空気に飲まれているだけだ、そうに違いない。
「これから忙しくなるぞ!」
「ふふ。がんばろうね、パパ」
未来でも変わらない笑顔の彼女に、いてもたってもいられなくなって僕はその場から逃げるように走り出した。その足どりは先ほどより随分と軽かった。
空間が歪み景色が元の教室に戻る。シェンナが帰り際に、先ほど見た未来はデータ上の結果でしかなく未来はいかようにも変わると言っていた。その言葉に僕はもちろん、他にも悪い未来を見たらしい岡本や三太が泣いて喜んだ。
「清ちゃん」
ふと、あの声と笑顔を思い出す。
それは過去か未来か、その問いはシアンちゃんと会話をしている冴を視界に入れた瞬間にどうでもよくなった。
彼女は見たのだろうか。未来の自分のことを。
彼女は知っているのだろうか。未来の自分が未来の僕と人生を歩んでいることを。
「冴」
もはや無意識に近かった。彼女の名前を呼び、振り返る彼女の前に立ち、彼女の両手を僕の両手で包みこんだ。突然のことに彼女の勝色の瞳は不安げに揺れている。
「きみのことは僕が幸せにしてみせる」
あいつは未来の彼女を幸せにしていた。己の野望も叶えられなかったくせに、僕がかつて望んだ言葉と笑顔を隣においてのうのうと幸せそうに笑っていた。
そんなあいつに腹が立った。彼女が望んだ僕はあんな僕じゃないはずだ。彼女の本当の笑顔を僕は知っている。そのためには己の野望を叶えなければならない。だから僕はあの未来を否定する。
僕が描く未来には、あの日のきみを。
「は、はい」
ゆでダコのように耳まで真っ赤にした冴は小さく頷き呟いた。その姿を見て、やけに心臓の鼓動がうるさく感じた。また場の空気に飲まれているだけだ。あくまで僕の野望のため。野望を捨てて彼女にその景色を見せていない自分に腹が立っただけ。
安栖冴をただの研究対象ではなく、ひとりの女の子として見ているなんてそんなことあるはずがない。
未来と別の世界
見つけた、そんな気がした