地球儀に吠えたら
彼女の言動及び思考は想像に容易い。
名前呼びに慣れていない彼女は男性慣れしておらず、これまでの観察やデータからしても恋愛には奥手で未経験なことが多いだろう。実際、この前の放課後の寄り道すら初体験だった。
だからこそ今回の目的を成し得るのは、僕の手にかかれば造作もないことだった。
「おねずみランド?」
「ああ。タダでチケットをもらってね」
「へえ、そうなんだ」
「今週の日曜日、行くよ」
「はあ……ってぇぇええ!?」
驚いて素っ頓狂な声を出した冴は口元に人さし指を立てたシアンちゃんから注意を受ける。冴は咄嗟に手で自分の口を塞ぎ俯いた。ポン太が彼女の膝の上で寝息をたてているためだ。相変わらずポン太は彼女に懐いており、今はすやすやと幸せそうに眠っている。
「はい。これチケットね」
「いや、まだ承諾したわけじゃ…」
「…そうだよね、僕なんかと行きたくないよね。こんな被り物をした男と一緒に遊園地なんて…」
「え!?いやそういうことじゃなくて!」
「じゃあ行ってくれるかい!?」
「ええ!?いやそれも違うくて…」
フフフ。計画通り、悩んでいる。
こういうことに免疫がない冴なら、僕とふたりきりで遊園地というハードルは易々と承諾できないはず。かといって良心の塊である彼女はキッパリと断ることもできない。そして彼女の思考は迷宮入りする。
そこで現れるのが本日のキーパーソン。
僕の目的を果たすのに必要な人物。このために僕はあえて「タダ」という言葉を使った。こいつが餌に食いつくために。
「せっかくだし行きゃあいいじゃん」
「笠置くん!」
ヒット!食いついた魚の名は笠置八満。
タダと聞けば喜ぶ守銭奴なら彼女に行くことを勧めるだろう。もしかすれば自分も行きたがるかもしれない。そうなれば簡単に目的を成し得るのだが、さすがにそう簡単にはいかなかった。
「だってタダだろ?もったいねーって!」
「冴はあんたと違うの」
「はあ!?俺は安栖を思ってだな…」
「あんたの考えを押しつけてるだけでしょ!」
次第にヒートアップしたふたりはいつものように喧嘩をしはじめてしまった。間に挟まれた冴は心優しい性格ゆえふたりの喧嘩を止めることができず、せめて眠っているポン太を起こさないように彼の耳を塞いでいた。自分がきっかけでふたりが喧嘩しはじめたせいかおろおろしている。
ふたりの喧嘩はさらにヒートアップし、いつの間にか冴のことではなくいつもの親権がどうとか教育的にどうとか論点がズレはじめていた。
このままでは八満を釣ることは難しい。ならばプランBといこう。
「冴」
「は、はい!」
すっかり自分のせいではなくなった喧嘩内容に呆然としている冴に話しかけると、彼女はびくりと身体を揺らし声を裏返した。そんな彼女が面白くてつい笑いを零す。
そんな僕を不思議そうに見つめる冴に、できるだけ優しい声で問いかける。
「僕と出かけるのは嫌かい?」
「ち、違うの!わたし男の子とふたりで遊園地なんて行ったことがないから、今から緊張しちゃってどうしたらいいのか分からなくて…」
「ごめんなさい」と冴は俯いた。
思った通り、彼女は僕のことが嫌で渋っていたわけではなかった。なんなら厚意で誘った僕に対して罪悪感すら抱いているようだった。
まったく、きみはどこまでお人好しなんだ。
けれどそれがきみらしいよ。
「友達が一緒なら緊張しないよね?」
「え?」
俯いていた冴が顔をあげる。にっこりと笑ってみせたが、僕の言葉の意味が分からないのか首を傾げていた。
ならば彼女のために答え合わせをしよう。
僕はいまだ喧嘩をしているふたりへ視線を移し、手を叩いて僕に注目させ喧嘩をやめさせる。僕と冴の分とは別のチケットをふたりの目の前に突き出した。
「チケット、みんなの分もあるから」
答えが分かった冴は目を丸くし、タダのチケットを前に八満は目を輝かせ、言葉の意味を理解したシアンちゃんは顔を青くした。
「なんで私まで!」
「いいじゃん、タダだし!ラッキーラッキー」
「あ、あんたねえ…!」
「シアンちゃん、ごめんね」
「ぐっ…まあ、冴と一緒ならいいけど」
いくらシアンちゃんが嫌がろうと、冴の頼みとあれば断れない。彼女たちはここ最近でそれほどの友情を築きあげた。これもポン太の力か。
シアンちゃんが了承し僕の目的は達成した。
八満とシアンちゃんが一緒なら必然的にポン太も着いてくることになる。そのおかげで冴とポン太のプライベートなシチュエーションを観察することができるというわけだ。
「乙部くん。日曜日はよろしくお願いします」
「清ちゃん」
まただ。冴の笑顔を見ると、どうしてもあの声と笑顔が脳裏にちらつく。バーチャルな未来から戻ってきた今もなお、そのたびに心臓が騒ついてうるさい。
このままでは埒があかない。
この際だから白黒はっきりさせようと意気込んだのが、この作戦に踏み切った理由だ。
僕の興味をくすぐるのは冴とポン太、どちらなのかをたしかめるために。
それにはポン太が必要だったため、今回は八満とシアンちゃんにも協力してもらわなければならない。だからふたりが着いてくるよう誘導した。
研究のためだ。安栖冴はポン太に近づくための手段にすぎないはず。未来なんて不確定なものを見て場の空気に飲まれているだけだ。
安栖冴は調べるものがないほど平凡な女子生徒だ。彼女はおまけ、主役はポン太。神獣を手懐けるための一歩に過ぎない。
何度そう自分に言い聞かせても、あの笑顔が僕の脳内から消えることなく、むしろどんどん色濃く全身にまで染み渡っていった。
僕は、あの日のきみを引きずり歩いた。
唇をすり抜けるくすぐったい言葉の
たとえすべてが嘘であってもそれでいいと
憧れだけ引きずって、でたらめに道歩いた