恋人が宇宙人なら


日曜日。土下座ェ門前に10時集合。

ついにこの日がきてしまった。
わたしは焦っていた。待ち合わせ時間に遅れそうなわけではない。場合によっては遅れてしまうかもしれないが。
デートというものになにを着ていけばいいのか分からないのだ。どんな服?どんな靴?お化粧はどの程度していくべき?考え出したらキリがない。

そんなわたしに救いの手を差し伸べてくれたのは「ムフフ。おデートね?」とにやにやしながら扉の影に隠れてこちらを見つめていた我が母上さまだった。
絶対に揶揄っている表情に怒りたくなったが、そのおかげでわたしの悩みはとんとん拍子に解決した。さすがは母上さま、お父さんを落としただけあります。

サスペンダーつきのベージュのチェック柄ナロースカートに白いハイネックのニット、リボンがついた黒いシューズと動きやすいショルダーバッグ。お化粧は薄らと色つきリップをして、編んだ髪にエルちゃんからもらった友達の証をつけると完成。
コーディネーター曰く「レトロかわいいは正義」だそうだ。なんのことかは分からないが、とにもかくにもお母さんのおかげでわたしは集合時間の10分前に土下座ェ門前へ到着できた。

見送りのときでさえにやにやしていた功労者の視線がいたたまれなかったが、こうして待っている間もなかなかいたたまれないものだった。
待つこと5分。見慣れたふたり(とひとりは宙に浮いている)がこちらに向かって歩いてくるのを見つけた。



「ふあ〜…。眠ぃ…」

「あんたが話に乗ったからでしょ。ポン太は楽しみにしてるんだからちゃんとしてよね!」

「へいへい」

「みー!」

「ポン太ちゃん、こんにちは!シアンちゃん、笠置くんもこんにちは」

「おー、安栖…あれ?声聞こえたんだけど」

「ポン太。知らない人に着いてっちゃだめよ」

「み?」



目の前にいるのにシアンちゃんも笠置くんもわたしに気がついていないようだった。唯一わたしに気がついて駆け寄ってくれるポン太ちゃんに内心涙した。
「すみません」と言ってわたしからポン太ちゃんを引き離そうとしたシアンちゃんが、わたしの顔をじっと見つめ次第に目を丸くして叫ぶ。



「冴!?ごめんね、別人に見えて…!」

「おまえ安栖か!?雰囲気変わるなー」



やっとわたしだと気がついてくれた。別人なんて大袈裟だと思うけど、ふたりとも同意見ならそうなのだろう。

もしかして乙部くんも驚くのだろうか。彼の興味の対象はあくまでポン太ちゃん。わたしは二の次なのだから研究熱心な彼はふたりのように驚かないだろう。と、思っていたのだけれど。



「ねえ。彼、瞬きもせず動かないけど」

「清?おーい、生きてるか?」

「みう?」

「だめだ、死んでるな」

「生きとるわい」



笠置くんが乙部くんに殴られる流れの発端は、シアンちゃんたちのすぐあとに到着した乙部くんの様子が変だったことにある。彼はわたしたちの姿を発見するなり呆然と立ち尽くしてしまった。

殴られる笠置くんを見て、乙部くん今日は被り物してないんだなあとのんきに考えていた。



「冴」

「ん?」

「あの…」

「やべ!電車そろそろだぞ!」



乙部くんの言葉は笠置くんの焦った大きな声にかき消されてしまった。慌ただしくもなんとか発車時間には間に合ったのだが、彼の言葉の続きを聞きそびれてしまった。なにを言おうとしていたのだろう。電車に乗るなり車窓を見つめ黙ってしまったのでなんとなく聞きづらい。

でも、乙部くんはポン太ちゃんと同じくすぐにわたしだと気づいてくれたんだよね…。
とくん、と静かに波打つ心臓を抑え、電車はわたしたちを目的地へと連れて行った。



「楽しそうなところね、ポン太!」

「みい!みいー!」

「広いからはぐれちゃだめよ?」

「どうせ安栖から離れねえしはぐれることないだろ。それより金儲けできそうなアトラクションとかねえのかよ?」

「せいぜいコインゲームかな…」



はじめての遊園地にシアンちゃんもポン太ちゃんも楽しそうで、笠置くんといえば相変わらずの守銭奴を発揮している。

理由はどうあれおのおの遊園地を前に楽しもうとしている中で明らかに様子がおかしい人がいる。わたしの隣にいる乙部くんだ。大丈夫かと訊ねてみても「なんでもないから気にしないで」の一点張り。

具合が悪そうではないし、あまり聞きすぎてもしつこいだろうから、彼の様子をちらっと盗み見るくらいに留めたけれど、集合してから今までほとんど話さないし視線すら合わない。たまに合ってもすぐにそらされてしまう。
わたしなにかしたっけ?



「みい!みい!」

「ん?あれに乗りたいの?」



わたしの意識は乙部くんからぐいぐいと服を引っ張るポン太ちゃんに移る。
メリーゴーランドかあ、懐かしいなあ。



「よし、乗ろっか!」

「みう!」

「シアンちゃんも行こう、メリーゴーランド」

「そうね!行きましょ」

「笠置くんたちはどうする?」

「乗るわけねーだろ。待っててやるからおまえらだけで行ってこいよ」



だめ元で一応誘ってみたが笠置くんからは予想通りのお言葉をもらい、乙部くんは相変わらず無反応だった。
ということで男の子たちを残し、わたしたちはメリーゴーランドを満喫する。なんだかんだ久々の乗り心地にいちばんテンションが高かったのはわたしだった。

ポン太ちゃんも気に入ってくれたようで「楽しかったね」と笑い合いながらふたりが待つ場所へ戻ると、笠置くんと乙部くんを包む雰囲気が悪化していた。主に乙部くんのほうから不機嫌さがにじみ出ている。ポン太ちゃんもそれを感じ取ったのか、敵意を向ける乙部くんから親を守ろうと間に立つ。

乙部くんとポン太ちゃんの間で火花が散る中、恐らく元凶である笠置くんはのんきにも「次はなに乗るんだ?」と我関せずだ。
状況が不明すぎてシアンちゃんも笠置くんを怒るに怒れないでいる。シアンちゃんはポン太ちゃんを、わたしは乙部くんをそれぞれなだめることで手いっぱいだ。(笠置くんも手伝ってよ!)



「なあ、次あれ行こうぜ」



あまりに悠長な笠置くんに、文句のひとつでも言ってやろうと振り返った先にあるもので、彼が指さす先にあるもの。
ふたりひと組で入るおどろおどろしい洋館からは悲鳴が建物の外まで聞こえていた。
あれはまさしく、おばけ屋敷!



「わ、わたし待機してまーす」

「遠慮すんなって!おまえも道連れだ」

「ヒェッ…」



わたしの腕をがっちり掴んだ笠置くんは、それはそれはとても爽やかな笑顔でわたしに死刑宣告を告げ、逃げ腰のわたしを引きずりながら意気揚々と歩き出す。

なんでテンション高いの笠置くん!あそこはお金儲けができるアトラクションじゃないよ!?

なぜかノリノリな彼を止めてくれたのは、本日ほとんど自分からしゃべらない乙部くんだった。



「冴の恋人は僕だ」



乙部くんは笠置くんに繋がれたわたしの手を解くとそのまま自分の手の中に収め、わたしに視線を合わせることなく「行くよ」とだけ呟いてどんどん歩いて行く。どんどん、おばけ屋敷のほうへ。

え?
おばけ屋敷に行くのを止めてくれたのでは?

慌てて他のアトラクションのプレゼンを試みたが乙部くんの足は止まることなく真っすぐおばけ屋敷へと進んで行く。
お、思い直して乙部くん!誰かたすけて!



「みう…」

「ポン太。冴とはまたすぐ遊べるから」

「いやあ、あれはまじだな」

「ね。あの人どうしちゃったの?」

「ちょっとな。カマかけてみた」

「みう?」

「ま、がんばれ!安栖!」



背後でそんな会話が繰り広げられているとはつゆ知らず、とうとう目の前に迫る洋館に吸い込まれたわたしは、お世辞にもかわいいとは言い難い叫び声を館内にこだまさせるのだった。



「大丈夫かい?はい、お茶」

「あ、ありがとう…」



ものの数分で声を枯らし体力の半分を削がれた。乙部くんが買ってきてくれたお茶は充分に冷えていて、喉を通る冷たさが気持ちいい。生き返るってこういうことを言うのね。



「気づいたらいつの間にか入ってて…。冴が苦手だとは思わなかったんだ。ごめんね」

「おばけみたいにびっくり系が苦手で。むしろ途中退場させてくれてありがとう」

「…まあ、きみの叫び声で我に返ったからね」



我に返ったってなんのことだろう?訊ねてみても「こっちの話」と乙部くんは眉を下げて笑った。
よかった、いつもの乙部くんだ。話しかけてくれるし視線も合わせてくれるし笑ってくれる。



「そんなににこにこしてどうしたんだい?僕の顔になにかついてる?」

「え。わたし、にこにこしてた?」

「随分と嬉しそうに。なにかあった?」

「今日ずっと様子が変だったから、いつもの乙部くんに戻ってよかったなあと思って」



最後は笑ってごまかすと、乙部くんは目を丸くしすぐにまた笑った。

いつもの優しい乙部くんに戻ったみたいで安心した。朝から話しかけても素っ気なくて寂しかったから、こうして普段通り話すのが久しぶりな気がして嬉しかった。

…ん?寂しい?
いやいやいや違う、そんなことない。彼の機嫌を損ねることしちゃったっけ?と心配になったが寂しいとは思ってないはず。きっと言葉のあやだ。



「そ、そういえばシアンちゃんたちどこにいるんだろうね?早く合流しないと…」



別のことを考えたくて慌てて違う話題を振る。
きっとおばけ屋敷の入口か付近のアトラクションで待たせているに違いない。もしかしたらシアンちゃんたちもおばけ屋敷に入ったのかも?

どこで待ってようか訊ねるが、彼はなにかを考え込んでいるようだった。

次に乙部くんがわたしに視線を合わせたとき、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。



「抜け出しちゃおうか」



わたしの返事を聞くより早く、乙部くんはまたわたしの手を攫って走り出した。

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