フェイクファー
安栖 冴
2年D組在籍。保健委員。部活所属なし。
成績、運動神経共に特筆すべき点なし。
一般家庭に生まれ育つ。家族仲は良好。最近、彼女の母親は菓子作りに凝っている。
友達は多くも少なくもなく、最近はポン太のこともありシアンと行動を共にしている。
頼まれたら断れないお人好しで、授業準備の手伝いを進んでするため教師からの信頼が厚い。
目立つことが苦手な至って平凡な女子生徒。
「最重要事項:神獣に愛された人間」で締めくくられたパソコンの画面を見つめる。
突如、我がクラスの安栖冴という女子生徒に恋心らしきものを抱いたポン太。いったい彼女のなにが特別なのかを知るために僕は彼女と密にコンタクトをとることにした。
徹底的に張りついてやろうと思ったが、ポン太のこともあって彼女がシアンちゃんと仲良くなったものだから下手な手出しはできなくなった。
そこで僕は彼女とつき合うことにした。
恋人関係という大義名分ができた僕は自然な形で安栖冴の懐に入ることができた。特に理由など要らずともこれからより近い距離かつ多くの時間を彼女と共にすることができる。それだけ彼女の謎に迫る機会が訪れるのだ。
それから彼女を近くで見ていたが神獣に愛されていること以外はこれといって目立つ特徴もなく、問いかけてみても平凡でありきたりな答えばかりで、なぜあんなにもポン太に気に入られているのか分からない。これといって収穫は得られず、最重要事項はいまだ謎のままだ。
安栖冴は平凡な女子生徒だ。
目立つことが苦手で注目の的になったときは、それに慣れていないせいでやたらと目を泳がせ挙動不審だった。僕が助け舟を出さず、あのまま注目を集めていたらきっとキャパオーバーになっていただろう。朝からそれでは困る、彼女の秘密を探る機会がなくなるかもしれないという一心で、彼女に集まっていた視線を引き受けた。
それほど彼女には免疫がないのだ。
僕が交際を申し込んだときは、しばらく呆気にとられたあと意味を理解すると顔を赤くした。
僕が名前を呼んだときは、名前を呼ばれ慣れていない彼女は目を丸くし驚いていた。
「…うんっ!よろしくね!」
差し出した手に触れた小さな手は温かかった。まるで毛布に包まれているような、彼女の柔らかい人柄を表す温かさだった。
僕が名前を呼んだとき彼女は笑った。
心の底から満面の笑みでとても嬉しそうに。それがとても懐かしく感じたのだった。
「あんときの安栖さんかわいかったな」
「あんな風に笑うところはじめて見たけどあれはかわいかったなあ。俺けっこータイプかも」
そのあとの昼休みに岡本と三太が話していたことだ。あのときというのは言わずもがな彼女が名前を呼ばれて嬉しそうに笑ったときのこと。「口だけなら自由だが、もしも僕のものに手を出したらどうなるか分かっているね?」と脅してやればふたりは大人しくなり、それ以上言うことはなくなった。
「清、おまえやっぱり本気なのか?」
これはそのあとすぐ八満に呼び出された屋上で言われた言葉。八満の表情は真剣そのもので僕の真意を見極めようと探っているようだった。
「なんのことだい?」
「安栖だよ。呼び慣れなくてみんながど忘れしたあいつの名前をいとも簡単に呼ぶし、さっきも安栖のことで騒ぐ岡本たちに釘を打つし」
「てっきりポン太が目当てだと思ってたけど、まさか本気とはなあ」と八満がにやにやと笑う。下品に笑いながら僕の心を探ろうとする目は変に居心地が悪かった。
「本気さ。まごうことなく本気だよ」
ああ、本気だとも。
僕の飽くなき研究心は止まるところを知らないんだ。滅多にないチャンス、本気にならないほうが損というもの。必ず安栖冴の謎を暴き、その力を僕のものにしてみせる!
神獣を手にし最後に笑うのはこの僕だ!
彼女のことはあくまで野望の過程でしかない。神獣に愛された彼女がどんな人間なのか、研究対象として興味が湧いただけ。
そう、ただの興味本位だ。
心の中で結論づけて、僕は呆気にとられる八満を残し、あのときの彼女の笑顔を払拭するかのように屋上から続く階段を一気に駆け下りた。
きみの名前、探し求めていた
たどり着いて分かち合うものはなにもないけど