今夜はパジャマパーティー


放課後の教室に、かわいらしくも必死な声が響き渡る。その声はわたしのカーディガンにしがみついて離れない。いつものことだしそのうち落ち着くだろうとはじめは思っていたが、数十分経った今でもそれは落ち着きそうになかった。何度もなだめていたわたしとシアンちゃんはほとほと困り果てた。



「ポン太、わがまま言っちゃだめよ。冴とはまたすぐ会えるから」

「みー!みー!」

「ポン太ちゃんの好きなクッキー作ってくるから楽しみにしてて。ね?」

「みー!みうみー!」

「どうしちゃったのかしら。いつもなら聞き分けがいいのに」



どんなに説得してもいやいやと首を振るポン太ちゃんの頭を撫でる。するとポン太ちゃんは意地でも離れないという意思の表れか、カーディガンに顔を埋めた。



「安栖と離れたくねーんじゃねえの」

「そう言ってもこのままじゃ帰れないし…」

「仕方ねえ。とーっても心苦しいが、ポン太のことは安栖に任せることにしよう…」

「あんたねえ…!」

「シアンちゃん、落ち着いて!」



今は言い争いをしている場合ではないとシアンちゃんをなだめると「そ、そうね」と彼女は手のひらを握りしめ怒りをぐっと堪えた。それがそのうち解放されないことを願う。



「冴の家に泊まったらどうだい」

「乙部くん」

「満足して多少落ち着くかもしれないよ」



このにこやかな笑顔の裏にはなにが隠れているのだろうと、つい疑り深くなってしまう。研究対象としてわたしに熱視線を送っていたときのように自分もついていくと言うのでは?そんなことをされたらきっと緊張してわたしの心臓がいくらあっても足りない。



「でも、冴に悪いわ」

「明日は休日だし家なら大丈夫だよ。シアンちゃんとポン太ちゃんがよければ」

「みう!」

「ふふっ。くすぐったいよ、ポン太ちゃん」

「ありがとう。お邪魔してもいいかしら」

「うん!もちろん」



笠置くんは「久しぶりに伸び伸びできるぜ」と喜んでシアンちゃんに殴られているし(早速先ほどの怒りが解放されてしまったようだ)残るは彼。

なんと言ってついてくるのだろうと恐る恐る乙部くんを見上げると、彼はわたしと視線が重なるなり微笑んだ。



「今日はシアンちゃんとポン太くんに下校の時間も譲ることにするよ。楽しんでおいで」

「え?」

「ん?もしかして僕がいなくて寂しい?」

「ちっ違います!シアンちゃんポン太ちゃん帰りましょう!」

「あ、ちょっと!冴!?」

「みっ!?」



赤くなる顔を隠すため足早に教室を出る。
泊まりはせずとも家にあがりこんでくるんだろうなと思っていたから、まさか日課となりつつあった下校にまでついてこないとは思わなかった。

だから驚いただけ。乙部くんがにやりと笑って言うように寂しいわけじゃない。ほっとした気持ちの奥底で芽生えた切なさに知らないふりをした。


家に着くなり、ポン太ちゃんはとても嬉しそうにあたりを飛びまわった。特に面白いものもないのだけど喜んでくれてなによりだ。

家族の紹介もそこそこに、約束していたクッキーを一緒に作ったりお話したり、夕ご飯やお風呂などを済ましたらあっという間に夜も更けた。



「おじさまもおばさまもいい人ね。ポン太のこともあまり驚かないし、冴に似てるわ」

「ポン太ちゃんがお行儀いい子だからだよ。さすがシアンちゃんの子だね」

「みう〜」



人差し指でポン太ちゃんを撫でると、ポン太ちゃんは照れくさそうに笑った。行儀がよければたとえ人間でなくとも好印象を抱くものだ。



「…ほんとに、いい人ね」

「ん?なにか言った?」

「ううん。ただ、ポン太が冴のことを気に入った気持ちが分かっただけよ」



ポン太ちゃんがわたしを気に入った気持ちか。そういえばどうしてなんだろう。女子の中でいちばんポン太ちゃんと遊んでいたわけではないし、お菓子をあげるとしてもその頻度はみんなと変わらない。やはり考えても理由は分からない。



「ポン太ちゃんがわたしを気に入ってくれた気持ちは分からないけれど、感謝してるんだ」

「どうして?」

「だって、そうじゃなければ今こうしてふたりとお泊まり会をするほど仲良くなれなかったもん。それがとても幸せなんだ」



ポン太ちゃんがいなければ出会うことはなかったシアンちゃんと、ポン太ちゃんがわたしを気に入らなければこんなに仲良くなることはなかった。その奇跡の連続が日常になりつつある毎日を嬉しく思う。



「ありがとう。ポン太ちゃん、シアンちゃん」

「こちらこそ、ありがとう。冴」

「みー!みうみー!」



ポン太ちゃんまで「ありがとう」と言ってくれている気がして嬉しくなった。友達と笑い合えるはじめてのお泊まり会はなんて幸せなのだろう。



「そういえば、冴ってあの人とあんなに仲が良いのね。みんな怖がってるのに」



シアンちゃんが言うあの人とはきっと乙部くんのことだろう。そんなことはないと慌てて否定したが「つき合ってるんでしょ」と正論を言われて黙った。たぶんそれはわたしにというより、ポン太ちゃんに好かれるわたしに研究対象として興味があるだけだよとはポン太ちゃんを前にして言えなかった。



「冴は彼のこと怖くないのね」

「今はね」

「じゃあ昔は怖かったんだ」

「昔ってほど前じゃないけどね。ほら、船長さんが追ってきたことあったでしょ?」

「そういえばそんなことあったわね」

「そのとき、人にミサイルを撃ったり、船を爆破したりしたのを目の当たりにしたら乙部くんのことが怖くなって…」



当時を思い出しているのか、シアンちゃんは眉間に皺を寄せて深いため息をついた。あのときクラス中の誰もが思ったことを笠置くんが代弁してくれた。乙部くんは怒らせないようにしようと。



「でも、変わってなかった」

「冴?」



ぬいぐるみに抱きついて眠るポン太ちゃんに目を細める。たしかに船長さんたちに対する乙部くんの所業は彼らの言葉を借りれば鬼っ子なのかもしれないけれど、そもそも彼らがポン太ちゃんを力ずくで奪うという行為をしなければ起きなかったこと。

変わってしまったと思っていた彼に一度は恐怖したけれど、わたしの目の前にいたのは、なにも変わらない優しい乙部くんだった。



「彼のこと、好きなのね」

「え!?いや、嫌いではないけど!」

「友人として」

「友人…あ、そだね…ははは…はあ」



すやすや眠るポン太ちゃんを見て「そろそろ寝ましょうか」と言うシアンちゃんに賛成し明かりを消す。

布団を被ってみてもいまだ心臓が騒がしい。
はじめてのお泊まり会は幸せな気持ちと、ほんの少しのどきどきを運んだのだった。

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