彼女について私が知ってる二・三の事柄
「エル、しってる!神獣のコイビト!」
「天使がいる!」と騒がれた少女は、シアンちゃんの机の上に落ち着くとわたしを指さしながらそう宣言した。
シアンちゃんによく似た天使の名前はエルちゃん。もちろん天使などではなくシアンちゃんの妹さんらしい。通りで似ているわけだ。天使の羽根だと思われたものはホーウィさんという鳥がエルちゃんを抱えていてそう見えただけだった。
ホーウィさんは、抑えられない研究心に我を忘れかけている乙部くんの毒牙にかかりそうだったので、その身体を抱きあげ避難させたら涙を流しながら感謝された。しゃべれるんだ、すごい。
そして冒頭のエルちゃんの言葉に戻る。わたしいつからポン太ちゃんの恋人になったっけ?
「お姉さん、ポン太ちゃんと仲良しさんなんでしょ?パパがチャートさまに聞いたっていってた。あとちゃい姉さまとも仲良しだって」
「チャートさま、冴のこと知ってるの!?」
「うん。しってるよー」
「それ安栖は大丈夫なのか?」
「大丈夫なのよ。どこかの誰かさんみたいに親権を奪ったわけでなし、その程度なら心配ないっておっしゃってたのよ。仲良きことは美しきかな、お咎めなしなのよ」
「どっかの誰かさんって誰だろなァ?」
「やめるのよ!離すのよ!」
ホーウィさんを吊るしあげようとしている笠置くんをなだめると、また泣きながらホーウィさんに感謝された。
ひどく安心した様子で「よかった…」と呟いたシアンちゃんを見て、こっそり笠置くんにチャートさまとはどなたか聞いてみた。チャートさまは千里眼を持った空の大陸の長らしい。恨みがこもった声で笠置くんの命を狙った人だとも教えてくれた。
「なんでもお見通しなんだね。すごいや」
「おまえな、下手すりゃ俺のときみたいに命を狙われてたかもしれねーんだぞ」
「でもお咎めなしだよ」
「大物なのか能天気なのか分かんねえな」
シアンちゃんが焦るくらいだ、決定権がある絶対的なお方なのだろう。だからこそシアンちゃんはわたしのことを心配してくれた。かつて命を狙われた笠置くんにわたしを重ね合わせたから。シアンちゃんの肩を叩き「心配してくれてありがとう」と言うと彼女は眉を下げて笑ってくれた。
そんなわたしたちの様子を見あげて、エルちゃんが「やっぱり仲良しさんなんだね」と嬉しそうに笑う。
「はじめまして、エルちゃん。わたしは安栖冴といいます。シアンちゃんとポン太ちゃんには仲良くしてもらってます。エルちゃんも仲良くしてくれると嬉しいな」
エルちゃんの視線に合わせてしゃがみ「どうかな?」と問いかけると、エルちゃんは元気よく頷いてわたしに抱きついてきた。そんなエルちゃんが天使のようにかわいくて、小さい身体を抱きしめて頭を撫でた。わたしも妹ほしかったなあ。
「安栖さんって子どもの扱いうまいな」
「そりゃポン太も惚れるわ」
背後から岡本くんたちのそんな会話が聞こえてきたが恥ずかしいのでスルーした。
そのあと狐のお面をした人たちが宝船で教室に突っ込んできた。どうやらシアンちゃんの故郷である空の大陸では神獣祭というお祭の季節らしく、その名の通り神獣であるポン太ちゃんのためのお祭らしい。ポン太ちゃんにお面の人たちが土下座をしたり、親である笠置くんが胴上げされたりとすでにお祭騒ぎだった。
お祭の準備がされている間、すっかりエルちゃんに気に入られたらしいわたしは右にエルちゃん、左にシアンちゃん、膝のうえにポン太ちゃんといった両手ど真ん中に花状態でお話をしていた。
「そうだ。冴ちゃんにこれあげる」
そう言ってエルちゃんがポケットから取り出したものは、群青色のガラス玉に白いタッセルがついた髪飾りだった。それをわたしの手のひらに乗せてにっこりと笑う。
「こんなに素敵なもの、いいの?」
「うん!お友だちのしるし!」
「おんなじのもうひとつもってるからおそろいだよ」と笑うエルちゃんを思わず抱きしめた。友達と言ってくれた彼女の気持ちがとても嬉しかった。
「ありがとう、大切にするね!」
「えへへ!うん!」
「今つけてみたら?」
「鏡ないし、うまくできるかな?」
「かして。やってあげる」
シアンちゃんは慣れた手つきで左側の髪の毛を一房とると、編みこんでそこにエルちゃんからもらったお友達の印をつけてくれた。
「うん、似合ってるわ」
「冴ちゃんかわいい!」
「み!みう!」
普段、こんなに褒められることがないから照れくさくてやっと出てきた言葉が「ありがとう」だった。
最近、普通に生きていたら味わえなかったことをたくさん経験させてもらっている。それもこれもポン太ちゃんからはじまったこと。ポン太ちゃんがいなければきっとわたしはこんなに幸せ者ではなかった。
そんな意味もこめたありがとうが伝わるかどうか分からないが、ポン太ちゃんの頭を優しく撫でると、ポン太ちゃんは満面の笑みで元気よく「みい!」と鳴いた。
しばらくすると2年D組は屋台が並ぶお祭会場と化していた。金魚すくいやわたあめ、かき氷やりんごあめなど縁日のようだった。
シアンちゃんがどこかに呼ばれ、エルちゃんはそれについて行き、主役であるポン太ちゃんもお面の人たちに囲まれてしまったので、わたしはひとりお祭を満喫することにした。
わたあめは甘くて美味しいし、太鼓の音は心地いい。仄暗くて屋台の灯りが照らしてくれる空間はわくわくするような、落ち着くような、不思議な気持ちになる。
「きみは相変わらず適応力が高いね」
次はやきそばにしようと考えていたわたしに話しかけてきたのは、先ほどまで宝船に興味津々だった乙部くんだった。(なんなら宝船に乗りこもうとしたり船の一部を削りとろうとしたりしていた)
わたしというよりこのクラス全体の適応力が高いのだと思うのだけれど、そう言ってみても乙部くんは頑なに自分の意見を曲げなかった。
「どんなに不思議なことも、多少驚きはすれどそれに合わせてなんでも当たり前のように受け入れるじゃないか。あの鳥もポン太くんのことだって」
「そう、かなあ?」
自分ではよく分からないものだけど、観察眼のある乙部くんが言うのだからきっとそうなのだろう。わたしとしては驚いているし、すごいなあとも思っているのだけど。
「僕のときもそうだった」
乙部くんは昔を懐かしむように窓から見える遠くの景色を見つめていた。最近の乙部くんの行動には驚かされてばかりだから彼の言葉に心当たりはない。
けれど彼のその横顔に「そうだっけ?」と返すのもなんだか無粋な気がして、わたあめをひと口食べて同じように遠くを見つめた。
口いっぱいに甘さが広がっていった。
しばらくふたりでそうしているとお祭の騒がしさとは別にクラスがざわついた。振り向くとそこには華やかな衣装を身に纏ったシアンちゃんがいた。ホーウィさんが言うには、神獣の親になるはずだったシアンちゃんのために仕立てられたものらしく、その言葉通りとてもシアンちゃんに似合っていたしきれいだった。
「シアンちゃん、とてもきれい」
それは本人に聞こえずとも思わず口に出してうっとりしてしまうほど。その様子を遠巻きに眺めていると、なにかがわたしの左耳に触れた。触れたものの先をたどればこちらを見つめる乙部くんと目が合った。
「きみも、きれいだよ」
左耳に触れたのは乙部くんの指先だった。
わたしを見つめる瞳はとても優しくて、わたあめではない甘さが口の中に広がった気がした。
「あ、ああげる!甘くて!美味しいから!」
彼はわたしをきれいだと言った。そんなこと男の人に言われたのははじめてだ。先ほどシアンちゃんたちから褒められたときより頬が熱くなるのが分かった。
乙部くんの言葉は果たして冗談なのか本気なのかどちらか分からない。考えてみても恥ずかしさで頭がいっぱいいっぱいになる。だからわたしは考えるのをやめ、甘ったるさを忘れたくて無理矢理に乙部くんにわたあめを押しつけ、逃げるようにシアンちゃんの元へと向かった。
エルちゃん曰く顔が真っ赤らしいわたしを心配してシアンちゃんがお茶を渡してくれたのでありがたくちょうだいする。それを一気に飲み干したが、広がる甘さが抜けることはなかった。
「…甘いな」
わたあめをひと口食べて呟いた乙部くんの言葉も、そのときの表情ももちろん知らないまま。その甘さはわたしと乙部くんを蝕んでいく。
ああ、なんて甘ったるいの。