放課後オーバーフロウ
恒例となりつつある乙部くんとの登下校。少し前までのわたしには想像できない光景も今や慣れてきた。
一緒に歩くようになって知ったのは、歩幅が違う乙部くんがわたしに合わせてくれたり、車道側を歩いてくれたりする優しいところ。きっとクラスのみんなは知らない乙部くん。
「先週はどうだった?お泊まり会」
「はじめてだったけど楽しかったよ」
「そうか。それはなによりだよ」
「…あの、乙部くん」
小さい呟きなのに、乙部くんはもらすことなくそれを拾いあげ「どうしたんだい?」と首を傾げる。聞こえるかどうかの声量で言ったから聞こえなければそれでいいと思っていた。しかし彼の耳に届いた今、本当に聞くべきか否か迷っていた。
シアンちゃんとポン太ちゃんを招いたあの日。なぜ、下校にすらついてこなかったのかを。
こんなことを聞いてなんになるのだろう。乙部くんは優しいからきっと、わたしにシアンちゃんとポン太ちゃんとの時間を楽しんでほしかっただけだ。むしろそれを聞いてどうしたいのか自分自身に問い質したい。
「冴。ちょっと寄り道しようか?」
「え?」
聞くか聞くまいか、自分から話しかけておいてずっと渋っているわたしに乙部くんが提案したのは思ってもみない言葉だった。
呆気にとられている間に、乙部くんはわたしの手を引き走り出した。
「あ、うさぎ展。こっちはペットショップ新しくオープンしたんだ。知らなかった」
「あまりこないと変わるもんだね」
乙部くんに連れてこられた駅前は発見の連続だった。他にも移動式のアイスクリーム屋さんがきていたり、雑貨屋さんがリニューアルしていたり。
「あ」
リニューアルした雑貨屋さんの中に馴染みのある姿を見つけて思わず足を止めると、自然と乙部くんの足も止まる。懐かしさに顔が綻んだ。
「なにこれ。豚?いや、うさぎ?」
「これはぶうさぎっていってこの雑貨屋さんでしか販売していないキャラクターなの」
「なるほど。豚とうさぎでぶうさぎ、ね」
なぜか他人ごとには思えなくて、見かければつい手にとってしまうキャラクター。ぶうさぎのキーホルダーを手にとりながら呟くと「似てるからね、きみ」と言われた。どういう意味なのか探る目を彼に向けると「きみに似て憎めない顔してる」と笑った。それは喜んでいい、のかな?
「動物、好きなのかい?さっきもペットショップのこととか気にしてたね」
「動物も好きだけど、綿みたいにもふもふしたものが好きなんだ」
それから他愛のない会話をしながら歩いた。そのうち太陽は傾いて空をオレンジ色に染めあげた頃、いつの間にかわたしの家の前に着いていた。
「今日はありがとう、乙部くん」
「僕こそ連れまわして悪かったね」
「ううん。はじめて放課後に大冒険したみたいで楽しかった。ありがとう、乙部くん」
楽しい時間はあっという間だ。下校時間はいつもより長かったはずなのに短く感じた。
「それならよかった」と小さく笑う乙部くんにわたしも自然と口角があがる。いつもなら家の前に着くと乙部くんが「またね」と言って帰るのだが、今日は数分経っても家の前で向かい合っている。わたしが首を傾げると乙部くんは困ったように笑った。
「離れがたいのは嬉しいけど帰らなきゃ」
そう言うなり乙部くんは視線を落とした。彼に習って視線を落とすと、わたしと乙部くんの手が繋がっている光景が映りこんだ。わたしが掴んでいるのか、乙部くんが掴んでいるのか分からない。けれどそこにはしっかり繋がれた手があった。
「ごっごごごごめんなさい!」
現状に脳内が追いつくと慌てて手を離した。そういえば乙部くんに手を引かれて走り出してからずっと手はそのままになっていた。お話に夢中で気がつかなかったなんて。
「じゃあ、離れがたいけど帰るね」
「も、もう!乙部くん!」
「はははっ。きみは面白いな」
いたずらが成功した子どものように笑うと「顔が真っ赤だよ」と言った。わたしをからかって楽しんでいるんだ。
「ごめんごめん。からかうのはここまでにして僕はそろそろ本当に帰るよ」
片手をあげ「またね」といつものように去っていく背中に彼の名前を呼んだ。ゆっくり振り返る三白眼と視線が絡む。
「どうして寄り道に誘ってくれたの?」
今度の疑問は自分でも驚くほどいつもの声量ですんなりと出てきた。ただ知りたいという一心で出てきた言葉だ。どうして寄り道に誘い、なにも言わず手を繋いだまま、他愛もない話につき合ってくれたのか。
「先週は
恋敵に譲ったから、今度は僕の番」
不敵な笑みを浮かべ答えた乙部くんは、言うなり背中を向けて今度こそ去って行った。
わたしはその背中に、シアンちゃんとポン太ちゃんを招いたあの日の気持ちを問えなかったことを後悔した。
あなたはどうして優しくしてくれるの?と。