天国は待ってくれる 前編


その日、シアンちゃんはひどく疲れていた。
空の大陸の長であるチャートさまから遣わされた調査員シェンナさんがポン太ちゃんを調べることになったのだが、知識をつけたくらいでほぼ成長しておらず、原因は他にあるのでは?ということで、神獣にはじめての感情を与えた可能性のある者として呼び出されたわたしにも原因はなく、やはり親である笠置くんが原因ではないかという結論に至った。
そのため、シェンナさんは笠置くんを観察することになったのだが、笠置くんが金儲けなどを働くたび、シアンちゃんはシェンナさんの気をそらしている隙に笠置くんを殴るというハードワークをこなしていた。
息切れ激しい彼女に心配の声をかけたが、うまく返答できないほどに疲弊していた。本当にお疲れさまです。

冒頭に戻るが、シアンちゃんの苦労も水の泡となり、笠置くんの品行方正とはほど遠い行いはすべてバレてしまった。

おまけに乙部くんやオーキッドさんが、笠置くんは最低の人間でポン太ちゃんは身も心も傷ついているとか、シアンちゃんは利用されて売り飛ばされるかもしれないとかオーバーなことをつけ加え、さらに乙部くんはわたしの肩にそっと手を置きわたしのことまで巻きこむ始末。



「都合のいいときだけポン太ちゃんを彼女に預けたまま育児放棄。しまいには彼女のことも…ううっ!」

「え!?そんなオーバーな!シェンナさん、違うんです。たしかに笠置くんは品行方正な人間ではないかもしれませんが乙部くんとオーキッドさんの言ってることは大袈裟で…」

「フォローになってねーぞ、安栖!」



あれ?個人的にはちゃんとフォローしたつもりなんだけど。笠置くんの言う通りなんのフォローにもなっていなかったらしく、シェンナさんは笠置くんが原因であるとして空へ帰ろうとしてしまう。

現状だけを見て判断するのは早急すぎるというシアンちゃんの必死な呼びかけによりシェンナさんの足を止めることはできたが、それにより教室は未来に包まれることとなってしまった。


未来の笠置くんを観察するため教室が10年後らしい世界に包まれてすぐ、クラスメイトたちは意気揚々に探検しようと散り散りになってしまった。

乙部くんだけは愕然とした様子だったので声をかけたが「ほっといてくれ」と言ってどこかへ走り去ってしまった。普段と変わらない世界に落胆してしまったのだろうか。ひとりにしてくれと言っていたけど大丈夫かな?



「冴は行かなくていいの?」

「わたしは、いいかな」

「みう!」



今はもう電柱に縛りつけられてしまった笠置くんが言っていたように、今の自分が大事だとわたしも思う。(ちょっとニュアンスが違うかもしれないけど)

それに10年後なんて想像できない。今でさえポン太ちゃんに懐かれ、乙部くんと恋人関係になるなんて予測できないことばかり起きているのに。興味がないわけではないけれど。

それに不安そうなポン太ちゃんを残しては行けなかった。ここに残る旨を言ったあとのポン太ちゃんが嬉しそうに肩に乗ってきたからなおのこと。



「…冴らしいわ。ありがとう」



なぜ感謝をされるのか分からず首を傾げた。ポン太ちゃんを見ても嬉しそうに笑っているだけなので頭を撫でたら頬ずりされた。とてもかわいい。



「誰かくるようですね」



オーキッドさんの言う通りだんだんと足音が近づいてくる。未来の笠置くんがここを通るのは1時間後だとシェンナさんが言っていた。だとすれば未来の笠置くんではない誰か。

足音がすぐ近くまで聞こえたそのとき曲がり角からひとりの女性が現れた。



「なんと美しい方だ」

「ちょっと待て。あれって…」



色素の薄い長い髪の毛をハーフアップにした女性は、立ち止まりどこかに電話をしているようで勝色の瞳を嬉しそうに細めていた。
なにかいいことでもあったのだろうか。



「み?み?みー?」



ポン太ちゃんがわたしと女性を代わる代わる見比べて混乱しているようだった。どうしたんだろう?なぜか笠置くんまでもがポン太ちゃんと同じようにわたしと女性を代わる代わる見比べている。どうしたんだふたりとも。



「あの方は未来の安栖冴さまです」



シェンナさんの言葉にぎょっとした。
あれが未来のわたし?髪色も瞳の色も同じだし言われてみればどことなく面影もあるようなないような。
未来のわたしは電話を終えると、こちらに気がつくことなくわたしたちとは逆方向の道を歩いて去って行った。



「あれがわたし?うそ…」

「み?みー、み?みう?」

「ははっ、ポン太が混乱してらぁ!安栖で間違いねえだろ」

「今の安栖さんはかわいらしいですが、未来の貴女は美しい」

「口説いてんじゃねーよ、スケコマシ」

「なにをする!」



わたしの手を握ったオーキッドさんの背中を蹴った笠置くんとオーキッドさんの口喧嘩がはじまるが、それを止めるほどの余裕はわたしにはなかった。不安そうにわたしのカーディガンを掴むポン太ちゃんを撫でてあげるのが精いっぱいだ。自分を落ち着かせるためにも。



「みー?みう?」

「ポン太、あの女性は未来の冴よ」

「み…み!みぃ!」

「あ!追いかけちゃだめ!」



理解したポン太ちゃんが未来のわたしを追いかけようとするのをシアンちゃんが止める。ポン太ちゃんは少し残念そうにしていた。



「冴?ぼーっとしてるけど大丈夫?」

「そりゃ突然未来の貴女ですって言われて現れたら驚きもすんだろ。ってことで俺も…」

「もっともらしいことを言って逃げようとするな」



たしかに未来の自分には驚いた。あんな風になるんだなってくらいには。でもそれだけじゃない。わたしは見てしまった。



「指輪」

「え?」

「指輪してた、薬指に」



呆然と呟いた言葉に、シアンちゃんと笠置くんとオーキッドさんの驚く声が重なる。その声でやっと我にかえることができた。
未来のわたしの右手薬指に輝いていたシルバーリング。結婚手前の人が未来のわたしにはいるんだと考えたら思考停止していた。



「結婚しているわけではないと思うんだけど、婚約している人がいるんだなと思って」



なんだか照れくさくなって語尾を濁すと、シアンちゃんは嬉しそうに笑い、笠置くんとオーキッドさんは難しい顔をした。



「なんであんたたちそんな顔してるの」

「だってさ、その相手ってたぶん清だろ」

「え」

「あいつの嫁って考えるとちょっとな」

「安栖さんの未来が心配です」



わたしに哀れみの目を向ける彼らのあとに「本人たちが幸せならめでたいじゃない」とシアンちゃんが続ける。

ちょ、ちょっと待って!どうして指輪の相手が乙部くんだと決めつけるの!?
いまだ未来のわたしの婚約者が乙部くんのていで話す3人に問いかけると、笠置くんが「なに言ってんだよ」とあっけらかんとして言葉を続ける。



「清が安栖を手放すわけないだろ」



さも当然と言いたげな笠置くんの言葉に、全身の熱が顔に集中したかのように熱くなった。心臓はどきどきと痛いくらいに高鳴っている。



「時間です」



シェンナさんの機械的な声にはっとする。そろそろ未来の笠置くんがここを通るらしい。笠置くんが嫌だ嫌だと暴れはじめ、それを見ていたわたしの熱はいつの間にか引いていた。不安そうにうつ向くポン太ちゃんを抱きしめ、未来の笠置くんを待つ。胸の高鳴りの余韻はあったがなんとか落ち着かせることができた。



「空間がブレはじめてる…!」



未来の笠置くんらしき人影が見えた瞬間、周りの様子が一変し空間が歪みはじめた。シェンナさん曰くデータがオーバーロードしてしまい機器がショートしかかっているようだ。



「このままじゃ…」

「危ない!シェンナ!」

「みうっ!」

「だめ、ポン太ちゃん!っシアンちゃん!?」



抱きしめていたのでシェンナさんの元へ駆けつけようとしたポン太ちゃんを止めることはできたが、シアンちゃんを止めることはできなかった。



「シアン!!…っのバカ!」



笠置くんがオーキッドさんを蹴飛ばしたことで彼がシアンちゃんとシェンナさんにぶつかり、ふたりは爆発に巻き込まれずに済んだ。爆発が小さかったためオーキッドさんも無事だ。



「シアンちゃん!シェンナさん!」



ふたりに駆け寄るとどうやらふたりとも無事なようだった。ほっと一息ついて見渡すと、周りが教室であることから元の世界に戻ってきたことに気がつく。

その中に乙部くんの姿を見つけ思わず目をそらした。彼はわたしを見ていなかったから気がついていないだろう。落ち着いたはずの鼓動が少し速くなった。



「あの世界はしょせんデータ上の結果でしかありません。こうしてる間にも未来の姿は変わっていきます」



「いい未来になるようにがんばってください」と言ってシェンナさんは空へ帰った。

未来は変わる、か。ため息をついた自分に首を傾げていると「どうしたの?」とシアンちゃんが声をかけてきた。



「なんだか残念そうね」

「え?残念?」

「冴はあの未来を信じたいのね」



わたしはあの未来を望んでいるのだろうか。彼の隣にいるかもしれない未来を。確定した未来でないことにため息をついたの?
呼応するようにとくんと胸が鳴った。



「冴」



考えこんでいると不意に呼ばれる名前。振り返るとそこには渦中の彼、乙部くんがいた。彼は両手でわたしの両手を包み込み、真っすぐ見つめて言った。



「きみのことは僕が幸せにしてみせる」



再び全身の熱が顔に集中した。望んだ未来が目の前に差し出された気分だ。その未来を直視できなくてうつ向いた。



「は、はい」



頷いて小さく呟くことしかできなかったが、それはクラス全員に聞こえていたようで、男子には囃したてられ、女子には黄色い声を浴びせられた。

視線をそらした先にいた笠置くんが「ほらな」と言ってにやりと笑った。

back