男主
これまで持病に困ったことはあまりない。
道端でぶつかるなどは仕方ないとして、肩を組んで笑いあうような汗臭い青春には無縁だったし、女の子と違って野郎同士が触れあうことなんて滅多にない。
そもそも俺は女の子が好きなんだ、大好きなんだ。かわいこちゃんとおつきあいしたいんだ。野郎と関わること自体あまりなかった。
以上のことから持病を恨んだことは一度もなかった。だがそれは今までの話。
「こっちに名前が来なかったか?」
「さっき向こうに駆けて行ったわ」
「そうか、ありがとう!」
「……行ったわよ」
遠ざかる足音が聞こえなくなったあと、ティアの言葉のおかげでようやく狭い物陰から出ることができた。
俺は逃げていた。今は最大の敵から全力で。普段戦う敵と違って倒せないのは本来ならば敵が仲間であることと、俺の持病が災いしていた。
「悪いな、ティア。匿ってもらって」
「いいのよ。あなたも災難ね」
「はあ、今まで持病で困ったことないんだけどな」
「あなたと彼は似ているもの。きっと親近感を抱いているんだわ。ただあなたと仲良くなりたいだけよ」
ティアが言う彼であり俺が逃げている敵というのはガイのことだ。言わずもがな彼は女性恐怖症である。俺の持病とは似ている部分がある。年齢も近いし彼の意見には賛同することも多い。
俺だって仲良くできるもんなら仲良くしたい。
だが生憎と俺は男性恐怖症である。側に近寄られるだけで寒気がするし、触れられるともなれば寒気が吐き気に代わり、体じゅうに蕁麻疹ができてしまう。
ルークやジェイドはそれを配慮してなるべく距離をとって話しかけてくれるが、ガイはそんなことお構いなく俺の禁止区域に入ってくる。なにより我慢ならないのは、さり気ないボディタッチが多いことだ。笑顔のガイは無意識にやっているだろうから他意はないんだろうけれど、たぶん。もしもあれを悪意でやっていたらきっと底の知れぬ腹黒だ。
「ルールを作ってみてはどうかしら」
「ルール?」
「ええ。例えばこの距離以上は近づかないとか」
「その条件を呑んでくれないから追いかけっこが続くわけだよ」
思わずため息をつくと、ティアも同じようにため息をついた。恐らく同情してくれているんだろうな、ティアは優しいから。あー俺、ティアみたいな子がいればなんも要らねえわ。ルークが羨ましいぜちくしょー。
「俺、ガイに嫌われてんのかな…」
相手が嫌がることをするってことは、俺って実はガイにかなり嫌われているんじゃないだろうかと最近思う。あんな笑顔の裏にはいろいろとなにか隠れているに違いない。でなければ追いかけっこになる意味がわからない。そもそもなんで俺なんかを追いかけてくるんだ?謎は深まるばかりだ。
「それは違うと思うわ!!むしろ…」
「名前!!」
突然声を張りあげたティアにも驚いたが、彼女の言葉を遮って俺の名を呼ぶ声にさらに驚く。
背中に悪寒が走る。恐る恐る振り返ってみると、そこには呼吸を荒くしたガイが立っていた。俺を探して走り回っていたのだろうか。すごい執念だ、そんなに俺のことが嫌いだったのかよ。
「見つけたぞ!」
「げっ、ガイ!?ごめんティア、またな!」
「え、ええ。またね」
「待てぇぇええ!!」
早口でティアに別れを告げ、全力疾走。
足は速いほうだが恐らくガイには劣るだろう。どこまで逃げられるかわからないが、とにかく今は振り返らずに無心になって走るんだ、俺!
「待ってくれ名前っ…うわっ!?」
「うぐっ!?」
服が引っ張られた際に、襟が喉をしめつけたせいでなんとも情けない声を発し後ろに転びそうになる。覚悟していた痛みはいつまで経ってもこなかった。
「名前、大丈夫か!?」
耳元で聞こえた声は紛れもなく今まで俺を追いかけ回していたガイのもの。恐らく俺の肩に置かれている手もガイのものだ。
きっと転びそうになった俺を受けとめてくれたのだろう。切羽詰まったようなガイの声が心配してくれているのが伝わってくる。わかっている、わかってはいるが俺の身体はこの状況を受けつけない。男に触れられている。その瞬間、寒気か吐き気かもわからないものが全身を駆け巡った。
「…や、…嫌だっ!」
寒い。気持ち悪い。怖い。
自分の身体を抱きしめて落ち着かせようとしても、それらが消え去ることはない。遠い昔に置いてきたはずの記憶が蘇ってきそうで、抱きしめる力をさらに強くする。
「…ごめんな、名前」
消えてしまいそうなか細い声と、頭に乗せられた温かい手のひら。
はじめてだ。男に触れられて吐き気が増すどころか、一瞬でもそれとは全く正反対のものを感じるなんて。それもさっきまで俺を襲っていた恐怖心を薄めてしまうほどの温かさを。
驚いて振り返ると、そこには切なそうに眉を顰めるガイの顔があった。なんっつー顔してんだよ、こいつ。二枚目が台なしじゃねえか。
「かなり調子に乗っちまったな。身勝手な仲間意識でおまえを傷つけちゃ、元も子もないのにな」
「最低だ」と言うガイの声はとても弱々しくて、離れかけた温かい手のひらを、俺は掴まずにはいられなかった。今離してしまったら後悔しそうな気がしたんだ。
「名前…。おまえ、手…大丈夫なのか?」
「お、おまえが先にはじめたんだ。責任もって、克服の手伝いくらいつきあえ…」
身体を反転させて自らガイの腕を掴む。男同士が向かいあって密着するなんて男性恐怖症じゃなくても嫌だろうがガイには少し我慢してもらいたい。習うより慣れろだ、こうしていればきっと克服できるに違いない。現在進行形で寒気と吐き気がとまらないけれど。
はじめて触れた身体は、俺なんかよりがっしりしていて少しだけ不公平に思う。俺と大して年齢も変わらないのに、なんでこいつだけ身体ができてんだよ。
「…悪い。習うより、慣れろだ」
「俺は構わないが…大丈夫か?顔が真っ青だぞ」
「大丈夫じゃねえよ…。でも、仕方ねえだろ。これも、おまえの…せいだ」
はじめて温かいと感じた手のひら。
こいつなら俺の持病を治してくれるかもと思えた。こいつとなら暑苦しい友情が築けると思えてしまった。
本当は少し憧れていた。だけど持病のせいでずっと諦めていた、汗くせえ青春ってやつを。
「…俺も、おまえと、仲良くなりたいって…思っちまったんだからな」
「おまえがしつこく追いかけてくるからだ」と言うとしばしの沈黙のあとガイは「悪いな、しつこくて」と笑った。
数分前の俺なら想像しただけでおぞましい状況なのに、不思議と笑みがこぼれてくる。
「男に触るなんて、寒気がするし気持ち悪いし…」
「ああ」
「だけどさ…」
案外余裕じゃん、と思っていた俺が浅はかだった。
徐々に力が抜けていくのがわかる。大量に冷や汗をかくし、瞼も重くなってきたし、視界もぐるぐると回りはじめた。
ああ、そろそろ限界かな。
「ガイは、そんなに…嫌じゃ、な…い…」
そのまま俺の世界はブラックアウトした。
やっぱり男なんて大嫌いだ。
でも、この手のひらは嫌いじゃない。
(…今のは反則だろっ)
(ガイ!あなた…なんてことですの!?)
(ナタリア?ティアやアニスまでどうした?)
(どうしたじゃないよ!名前倒れてるじゃん!)
(もしかしてあなた、ついに無理矢理…?)
(は!?いやこれは誤解だ!名前のほうから…)
(見え透いた言い訳など結構ですわ!)
(そうだよ、そんなわけないじゃん!)
(見損なったわ)
(ガイ、覚悟はよろしくて?)
(ぎゃぁあああああ!!)
(目を覚ますと変わり果てたガイの姿があった)
2013.11.23
名前くん→ガイ 友情
ガイ→名前くん 愛情
報われない。名前くんは女性陣にかわいがられています。もちろん女友達のような立ち位置で。