見慣れた街を赤に染める夕焼け空。
ひとりでぼうっと見つめるそれに重ねたのは、わたしがずっと守り抜いてきた、ちょっと生意気な赤髪の微笑みだった。
守り抜いてきた、というのは烏滸がましい。わたしは彼の心までは守れなかった。「レプリカ」という事実に直面したとき側にいることしかできなかった。
彼の気持ちに近づこうと、いくらわたしがそれを聞いても完全になんて理解できない。彼の痛みを分けてもらう手段などない。力になれない無力な自分を恨んだ。
そんな彼の気持ちを分け合えたのは被験者。彼と同じ鞄を背負った人。不謹慎だが彼を救った被験者が羨ましかった。
わたしは彼らではないから、レプリカや被験者が背負うものの重さや苦しみなんて到底理解できない。自分と全く同じ顔の人間が突然現れることを何度も想像してみても。きっと想像の範疇を超えているのだと思う。彼らにしかわからないこと。
それでもなお、羨ましいのだ。
わたしと彼がひとつだったなら、悲しみも痛みも苦しみも分かち合える。
彼らの気持ちを足蹴にした馬鹿げた理想をふと考える。
「俺は、名前の被験者でもレプリカでもなくてよかったと思ってる」
数十分前、夕焼け空を見つめるわたしの隣に並んだ彼に、数分前、わたしが「羨ましい」と言った彼の答えは正反対の考えだった。怒ることもなく悲しむこともなく、夕焼け空とよく似た彼は微笑む。
この馬鹿げた理想を伝えるつもりはなかった。けれど隣に並んだ彼を見ていたら勝手に口が動いていた。あんなに上手に喋るとは。
「じゃなきゃ、今こうして名前が隣にいてくれることなんてなかっただろ」
彼は言う。
幽閉されていた頃から外のことを教えてくれたのはわたしだと。それを体験したとき嬉しかったが次第に恥ずかしくなり、せめて大人ぶろうと爪先立ちをして大きく見せたが子どものままの自分が嫌だった。それでもいい、自分のスピードでゆっくり育てていけばいいと側で見守ってくれた。
と、照れ臭そうに当時を思い出しながら言う。
「いつしか名前に見放されることが怖いと思うようになった。それと同時に、俺もおまえを見続ける強さが欲しいと思ったんだ」
彼は変わった。それはわたしだけではなく仲間たち全員が感じたことだ。彼自身が過ちを受け止めて前に進んだから。元より彼は強い人間だったのだ。
だが彼が言うには違うらしい。
理屈ばかり捏ねまわしてみんなが匙を投げたあの日。冷えきった心が再び燃えはじめたのは、夕焼けのもとわたしが彼に向かって微笑んだからだと言う。
「あの日、俺ははじめて夕焼け空が綺麗だと思った。それを教えてくれたのは名前だ」
驚くことに、彼もまたあの日から夕焼け空にわたしを重ねていたと言う。わたしも同じように重ねていたことを話すと「お揃いだな」と愉快そうに笑った。
彼の左耳の青がきらりと光る。
「ふたりがひとつだったなら、出会う日なんてこなかった。だから、ありがとう。俺の側にいてくれて」
同じ鞄を背負えなくてもいい、側にいてくれたから怖さを知り強さを求めた。わたしという自分とは別の存在がいたからこそ気づけたことだと、わたしが欲した言葉以上の言葉をくれた。
その微笑みの向こうで空が燃えている。懸命に輝きを放つ夕焼け空は、生まれた意味を知りながらも懸命に生きようとしている彼にそっくりだった。
きっとこれが夕焼け空と彼を重ねる理由。
燃え盛る「赤」が健気でとても美しかった。
「夕焼け空、綺麗だね」
「ああ、綺麗だ」
彼の痛みはわからない。完全に理解できることではない。きっと彼はこれからもそんな痛みに傷ついていくのだろう。
正直なところまだ羨ましく思う。
でも彼が望むわたしで在りたいと思った。
これからも彼の隣で、夕焼け空が綺麗だと言い続けよう。たとえいつか彼に届かなくなって続ける意味さえわからなくなってもずっと、彼の耳に聴こえるまで。
ただ一度の微笑みに
(こんなに勇気をもらうとはな)
(こんなに喉が震えるなんて)
2010.03.28
2019.01.26 fix.
「真っ赤な空を見ただろうか」
BUMP OF CHICKEN