苗字名前さん(ヒミツ)の日常は、とあるアパートのドアを、けたたましく叩くことからはじまる。
彼女は、その家主のことなど気にもとめず、扉が開くまでガンガンと叩き続ける。全く近所迷惑な話だ。しばらくして勢いよく扉が開き、勢いそのままに彼女の顔面を叩きつけた。
これもまた、苗字名前さん(ヒミツ)と、家主である赤木しげるさん(13)の日常である。



「うるさいよ」

「アハハ。それほどでも。お邪魔しまーす」



顔面がずきずき痛むもなんのその。彼女はまるで自宅に入るかのように堂々とずかずか中に入っていく。彼も特になにも言わずに部屋に招き入れた。
否が応にも入りたかった部屋では、あれだけの迷惑行為をしたにも関わらず、彼女といえば、ただ彼の寝床の上で、持参した漫画を爆笑しながら読んでいるだけである。そんな不躾な彼女に対し彼は我関せずであり、まるでそこには彼女がいないかのように己のやりたいことをやっていた。実はこの奇妙な光景もまた、苗字名前さん(ヒミツ)と赤木しげるさん(13)の日常なのである。
ところがどっこい。今日ばかりは日常が繰り返されることはなかった。



「少年、どうしたの」



漫画から目を離すことなく、彼女は自分に馬乗りしている彼に話しかける。その行為が気に喰わなかったのだろう。彼は彼女がたいそう面白がっている漫画を取り上げ、部屋の隅に投げ捨てた。読書の邪魔をされた彼女は腹を立て、馬乗りしたままこちらを無表情で見つめる彼を睨んだ。



「なんだい、随分なことをしてくれるなあ」

「…」

「な、なにをするの!こらっ、やめなさいよ、ふふ、あははっ」



なにかを訴える代わりに、彼は無表情のまま彼女の腹をつまんだり、柔らかく引っ掻いたりしてくすぐり出した。彼女は身を捩りながら必死に抵抗するが、彼の攻撃が止まることはない。

大笑いしながらも、彼女は無い頭で必死に考えた。なぜ彼がこんな暴挙に出てしまったのかを。そしてその意味を理解したとき、彼の手を掴みくすぐられていないのにも関わらず大らかに笑い出した。



「構って欲しいのなら、そう言えばいいじゃないの」



彼女は悟った。
これは彼なりの甘え方なのだと。
あまりに久しぶりだったので忘れていたが、彼が甘えてくるときはいつだってこうしていた。これもまた、いつものことであった。



「よしよし。赤木くんはいい子だねえ」

「…ウルサイ」



ぼそっと呟いた彼は彼女の上から退くと、先ほど投げ捨てた本を拾い壁に背をもたれながら読み始める。そんな彼にまた笑みが溢れた彼女は、彼に並んで一緒に漫画を読みはじめた。

数十分後。互いの肩に寄り添いながら、彼と彼女が静かに寝息を立てている姿がそこにあった。





これもまた日常
(目覚め一発!彼のくすぐり攻撃)




2013.01.29

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