・恐喝、暴行は日常茶飯事
・校長をも恐喝して学校を牛耳っている
・髪が白いのは実験に巻き込まれたせい
・実は極道者


全てわたしの同級生である赤木しげるくんの噂だ。
あげたらキリがない噂のほとんどは、彼が不良少年であることを表しているものばかりだ。本当かどうかもわからないのに、みんなはそんな噂を恐れている。

わたしはというと、噂もなんのその、赤木しげるくんのことが気になっている。
それが恋愛感情からなのか、ただの興味本位なのか、子供のわたしにはわからない。けれど彼のことをもっと知りたいと思うのだ。



「赤木はやめておきなよ…。今日だってそう。つい最近、高校生相手に喧嘩したっていう噂でもちきりだよ」

「へえ。それって誰か見たの?」

「え?それは…わからないけれど」

「ほら。違うかもしれないじゃない」

「でも火のないところに煙は立たぬって言うじゃん。本当だったらどうするの」

「うーん…そのときになったら考えるよ」



友人たちも噂を鵜呑みにして赤木くんのことを怖がっている。
火のないところに煙は立たぬ、かあ。
わたしが赤木くんの噂が嘘だっていうことを証明できたら、彼のいわれのない噂は消えて、みんなも赤木くんのことを怖がらなくなるだろうか。

思い立ったら吉日!
授業終了後、わたしは赤木くんの後を追うことにした。

まだ午前中だというのに、赤木くんは鞄を持って席を立つ。わたしもまた自分の鞄を持ち、友人の呼び止めを無視して彼を追う。

追いはじめてからしばらく経っても、学校を早退したこと以外、彼は至って普通だった。
誰かと喧嘩したり、凶器をちらつかせて他人を脅かしたり、なにかの実験に巻き込まれた様子もない。ただ商店街を通り、公園で少し休憩したあと、河川敷をひた歩く。わたしにはただの散歩風景にしか見えなかった。

やっぱり、みんなの思い過ごしなんだ。
小さく拳を握りしめ喜んでいた。



「ふーん。そういう趣味なんだ」

「ふぎゃぁああああ!?」



耳元で聞こえた妖艶な声に思わず驚いて叫び声が出た。
振り返るとそこには、少し遠くにいたはずの赤木くんがすぐ近くにいて。心の準備ができていなかったわたしは、さらに驚き後退りをした先の石に気がつかず、そのまま盛大にしりもちをついてしまった。

「ひとりでなにしてんの」と赤木くんはくつくつ笑う。あ、笑っているところはじめて見た。そんな風に笑うんだなあ。あまりにわたしがじっと見つめるもので「俺の顔、珍しい?」と問われ、恥ずかしくなって顔を逸らすと、赤木くんはまたくつくつと笑った。
どうしてこんなに胸がどきどきしているのだろう…。



「あんた、人のあとをつけるのが趣味なの」

「え?あ、いやっ違うよ!」

「でも学校からずっとつけて来てたでしょ」



どうやらばれていたらしい。
切れ者であるようだ。



「わたしはただ噂のことをたしかめて、馬鹿げた噂を消そうと…」

「ふーん。ずいぶんと面倒なことをするんだな」

「面倒なこと?赤木くんは、言われのない噂をされて嫌じゃないの?」

「言われのない噂…。はたしてそうかな」

「え?」



赤木くんはしゃがみこんでわたしに目線を合せ、ずいっと近づいて妖艶に微笑んだ。微笑んだ、なんてものじゃない。まるで悪魔のような笑み。その証拠に身体の奥から震えるのがわかった。凍りついて動けない。その視線から目が離せない。



「火のないところに煙は立たぬ、っていうんだぜ」

「あ、赤木くん…」

「あんたどうするよ?もしも俺が今ここで、誰かを脅かしたり殺したりしたら。どうするつもりだったんだ?」



目が離せない、動けない。
でも、不思議と恐怖はなかった。



「変わらないよ」

「…」

「明日も赤木くんに、おはようって言うよ」



わたしの目の前にいるのは赤木くんだから。
同級生の赤木しげるくんだから。怖いわけがない。
だって赤木くんは悪魔じゃない。わたしと同じ人間だ。
悲しいことを悲しい、楽しいことを楽しい、美味しいものを美味しいと思える人。わたしとなにも変わらない人間。違うところをあげるとすればそれはきっと、わたしなんかじゃ到底思いつかないところ。



「…変なおんな」



少し笑った赤木くんの目にはもう、悪魔の影はなかった。
わたしに手を差し出し立ちあがらせてくれる。



「ありがとう、赤木く…んっ!?」



時間が止まった気がした。赤木くんに立ちあがらせてもらおうとしたら、額に軟らかいものが触れた。額に口づけされたのだと気がついたのは、不敵な笑みを浮かべる赤木くんに「ごちそうさま」と言われたあとのこと。
理解した途端、顔じゅうに熱が集まってくる。特に額がいちばん熱い。それを見た赤木くんはさらに笑った。



「またね、苗字さん」



はじめて呼ばれた名前に、心臓が大きく脈を打つ。このままでは呼吸困難になってしまうほどでも、なぜか嬉しくてたまらない。
少し遠くにある赤木くんの背中に向けて、大きく手を振った。



「赤木くん!またあした!」



わたしに振り向くことなく、赤木くんは片手をあげて、軽くひらひらと手を振った。
水面が夕焼けに反射してきらきら光る、河川敷でのできごと。
それから、赤木くんが学校に現れることはなかった。

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