苗字名前さん(ヒミツ)の日常は、とあるアパートのドアを、けたたましく叩くことからはじまる。
彼女は、その家主のことなど気にもとめず扉が開くまでガンガンと叩き続ける。全く近所迷惑な話だ。しばらくして勢いよく扉が開き、勢いそのままに彼女の顔面を叩きつけた。
これもまた、苗字名前さん(ヒミツ)と、家主である赤木しげるさん(19)の日常である。



「うるさい」

「アハハ。それほどでも。お邪魔しまーす」



顔面がずきずき痛むもなんのその。彼女はまるで自宅に入るかのように堂々とずかずか中に入っていく。彼も特になにも言わずに部屋に招き入れた。
否が応にも入りたかった部屋では、あれだけの迷惑行為をしたにも関わらず、彼女といえば、ただ彼の寝床の上で持参した漫画を爆笑しながら読んでいるだけである。そんな不躾な彼女に対し、彼は我関せずであり、まるでそこには彼女がいないかのように己のやりたいことをやっていた。実はこの奇妙な光景もまた、苗字名前さん(ヒミツ)と赤木しげるさん(19)の日常なのである。
ところがどっこい。今日ばかりは日常が繰り返されることはなかった。



「ぐへっ」



なんとも情けない唸り声をあげたのは彼女であった。理由は簡単。寝そべる彼女の腹部に彼が思い切り拳を喰らわせたからである。日常、何度でも扉に顔面を叩きつけている彼女とて、突然腹部に拳を喰らっては少々苦しいようだ。
むせながら、彼の顔を少し睨んだ。



「いきなりなんですか、赤木さん」

「…」



しかし、彼が言葉を発することはなかった。ただ彼女に冷ややかな視線を浴びせているだけである。しばらくそうしたあと、今度は軽めに彼女の腹部を叩き始めた。リズミカルに腹の上を跳ねる拳を怪訝な眼差しで見ていた彼女であったが、彼の視線と拳の意味を考えて、大らかに笑い出した。



「構って欲しいのなら、そう言えばいいじゃないですか」



彼女は悟った。
これは彼なりの甘え方なのだと。
あまりに久しぶりだったので忘れていたが、彼が甘えてくるときはいつだってこうしていた。これもまた、いつものことであった。



「よしよし。赤木さんはいい子ですねえ」

「…ウルサイ」



最後に、もう一度強く腹部を叩いた彼は、彼女の「ぐふっ」という苦しそうな呻き声を聞きながら、腹の上に顔をうずめ寝息を立てはじめた。

少し咳き込んだあと、彼の寝息を確認した彼女もまた、さらさらした彼の髪をいじって遊んでいるうち静かに寝息を立てはじめた。





これもまた日常
(目覚め一発!彼の鉄拳)




20130129
個人的に腹パンがいちばんときメモ。

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