どうか短冊に込めた願いが織姫さまと彦星さまに届きますように。そう思わずにはいられないわたしはまた、賑やかな教室を見詰めるだけ。
わたしの意気地なし。



「さいあくだー…」



どうやら意気地なしのわたしに、織姫さまと彦星さまは大層ご立腹らしい。予報でも晴れマークだったのに帰る頃になるといきなり雨が降りだした。これはきっとふたりの嫌がらせに違いない。

傘もないわたしが鞄を犠牲にして雨のなかを一気に駆け抜けようとしたとき、背後でガタンッとなにかがぶつかる音が聞こえた。特に意味はない。好奇心というか条件反射というか、ただ気になって振り返ってみた。まさか短冊に想いを馳せた彼がいるなんて思いもしなかったんだ。



「! あ、っ…」



思い通りに言葉が出ない。出るのは言葉とは言い難いものばかり。体温脈拍数共に上昇、顔に熱が集まる。

ふえ科講師、ジャガー・ジュン市さん。
その人がいるだけで。



「ざっ、座敷童子!!」



それってわたしのことだろうか。彼が指差す先にわたしがいるので間違いないらしい。でもどうして座敷童子?



「え、あの…」

「いつもふえ科前にいる座敷童子がなぜここにいるんだ!?」



よく通りかかっては教室内を見てるからそう思われてるのかな。それにしても座敷童子はどうかと思う。わたしには他人を幸福にしてあげられる力はない。寧ろ現在進行形で座敷童子に彼と話せる勇気をもらいたいくらいだ。



「ん?座敷童子、傘ないのか?」

「あ、はい…」



すると彼はなにか考え込み、おもむろに傘を取り出したかと思えば、自ら傘に入るとわたしに手招きをした。



「ほら、座敷童子」

「え…あの、はい?」

「いいからおいでなさいよ」



まだ混乱して動けないわたしを、強引に自分の傘に入れた彼は満足そうに笑う。あ、はじめてこんな間近で笑顔を見た。一瞬にして顔が熱くなるのがわかる。



「送ってってやるよ。……見捨てたら呪われかねん」

「ほっほんとうですか!?」

「おう」



つい意気込んでしまった。だって、展開が早過ぎませんか!?追いつけませんよ!喋ったこともない、が教室の外からただ見詰めるだけだったのに、いきなり話すし相合い傘だし送ってもらえるなんて。おいしいことが盛りだくさんの栄養満点じゃないですか!
ああもう!頭がパンクしそう!



「あ、あの!ここでいいです!」

「ん?そうか?」

「はっはい。えっと、本当にありがとうございました。助かりました」



さすがに家まで送ってもらうのは悪いので、家の近くの交差点で別れることにした。もう充分。短冊に書いた願い事まで叶わなくても構わない。贅沢な思いをさせていただきました。そんな夢のような時間も、もうすぐ終わると思うと少し寂しいけれど。わたしってば欲張りになってきてる。反省。



「……よし。これで呪われなくて済むな」

「ん?なにか言いました?」

「いや、なんでもない。じゃあまたな、名前」

「…えっ」



固まるわたしを置いて遠ざかる背中。振り向かずに手を振る背中。最後にわたしの名前を呼んだ背中。

思わず雨のなかを駆け出した。
今までの緊張もどこかに吹き飛んでしまった。

ただ心のなかで何度も叫ぶのだ。
織姫さま、彦星さま、ありがとう!!





織姫さま、彦星さまへ。
あの人に名前を呼んでもらえますように。
(願いごとが叶ったの!ねえ高菜ちゃん聞いてる!?)
(聞いてるわよ。よかったねー)

(そういえば以前、ジャガーくんからこの子の名前聞かれたっけ)



2013.07.18

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