「ハッピーバレンタイン」

「は?いや、今日バレンタインじゃないけど…」

「ハッピーバレンタイン!!」

「は、ハッピーバレンタイン…」



気迫に負けて言葉を続けると、彼はとても満足した顔で「バレンタインだから名前からいただくとするよ」と言ってずかずかと家にあがり込んできた。うまく状況が読み込めなくて呆然と立ち尽くしていると、「早く家に上がりたまえ」と偉そうに言った。



「なにもあげられるものないんだけど」



現在10月、そもそもバレンタインじゃない。ジャガーさんの頭のなかではバレンタインなのかもしれないけれど。



「うん、いいんだ。そうだと思って準備してきた」

「は?」

「フフフ……そぉい!!」

「ぎゃあ!?」



ジャガーさんの掛け声とともに、わたしに降り注ぐドロっとした黒い液体。瞬間に身体を甘い匂いが包む。舐めてみるとそれは紛れもなくチョコレートだった。



「なにこれ!?」

「チョコレート。ちなみに味はビターです」

「味はどうでもいいよ!いきなりなにすんの!?」

「なにって、食べるために決まってんだろ?」

「はい…?」



おもむろにわたしの手を掴んだジャガーさんは、口を大きく開けてそのまま自分の口のなかにわたしの手を突っ込んだ。突っ込んだ、というよりこれ食べてる!口のなかで手を舐めてるもん!
気持ち悪いというか恥ずかしいというか、なんとも言えない感覚がわたしを襲う。



「うぉおおい!!なにしてんだあんた!!」

「ふぁふぁふぉふっふぇんふぁっふぇ」

「口に入れたまましゃべるな!!」



わたしの手を十分に味わったジャガーさんは、そのまま腕、肩、鎖骨を舐めて、わたしの身体にかかったチョコレートを味わう。
そして今それは首筋にまで到達した。



「ちょっ!ジャガーさんっ」

「あ?なんだよ?」

「…んっ」



それでも構わず舐め続けるジャガーさん。恥ずかしさとくすぐったさで変な声まで出てきそうだ。両手はジャガーさんの手に捕らわれているため抵抗もできない。
なんとか打開策を!と思っても抵抗は出来ないし、なにを言っても訊かないし止めないしでどうしようもない。そうこうしている内にジャガーさんの舌は耳にまで到達し、耳たぶを軽く噛まれたその瞬間、わたしの恥ずかしさゲージは爆発した。



「ジャガーさんっ!!」



怒鳴り声にも近い声をあげた途端、ジャガーさんはピタリと固まって動かなくなった。目だけが焦ったように忙しなく動いている。



「あ」



なにかに気づいたのか小さく呟くと、ゆっくり離れたジャガーさんはなんとも言い難い表情でわたしに告げる。



「間違った、ハッピーハロウィンだった…」



いや、問題はそこじゃないし、そんなこと今さらどうだっていいだろと、怒りで震えたのは言うまでもない。





トトトトリックオアトリートゥウウ!!
(帰れ)



2013.11.20
ハロウィンにアップしようと思ってたのに、すっかり忘れていたとか口が裂けても言えない。

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