がやがや煩い人混みに愛しい彼の背中は消えていった。残されたのはわたしと死んだ魚のような目をした銀色の侍。



「追いかけなくてよかったのか?」



たくさんの人たちの声も、隣にいる銀色の侍の声もすべてが煩わしい。



「……別にいいよ」

「ふーん。あっそ」



周囲はこんなにも騒がしいのに、わたしの気持ちは冷静で。冷静だからこそ彼の気持ちを知るには容易かった。



「あのなあ。銀さんは優しーく、どっかの馬鹿なガキを慰めようとしてあげてんだけど?」

「そんなの頼んでない」

「かっわいくねー」



そうだよ。わたしはかわいくない。だから彼もわたしなんか見向きもしない。かわいいあの子が好きだから。

だからあの子の手をとった。



「あんなアイドルオタク地味眼鏡のどこがいいんだか、銀さんには理解できねえなァ」

「わからなくていいよ」



わたしだけが彼の魅力を知っていればよかった。剣の道に打ち込む懸命な姿も、好きなものを追いかけるきらきらした姿も、優しく微笑むあの表情も。幼い頃からずっと隣で見てきたわたしだけが知っていればよかったのに。



「本当にいいのか?」

「いいってば」

「でも、おまえ…」

「いいの!」



声を荒げて銀さんの言葉を遮る。そんなわたしに銀さんはそれ以上なにも言わなかった。



「新くんが幸せなら、それでいい」



それでいい。
新くんが幸せなら、笑ってくれるなら。

剣の道を見守るのも、好きなことを応援するのも、優しく微笑み返すのも、それがわたしじゃなかっただけのこと。
ただそれだけのこと。



「ほんと、かわいくねーな」



背後の銀さんが動く気配がする。呟いた言葉は、周囲が騒がしくてもすんなりとわたしの耳に届いた。



「そんな泣きそうな面して、なにがそれでいいだ。ほんと素直じゃねー。新八もおまえを選ばなくて正解だぜ。女はやっぱ素直じゃねえとな。頑固女なんてかわいくねーし」



ぺらぺらと好き勝手に語り出す銀さんに腹が立った。わたしがどんな気持ちで、嬉しそうに笑う彼を見送ったのか知らないくせに。



「あんたになにがわかんのよ!わたしだっていかないでって言いたかっ…!?」



文句が言いたかった。
その一心で怒りに任せて振り向くと、待っていたのは視界いっぱいの銀さんの顔と唇の温もりだった。



「ほんと、かわいくねーよ」



理解が追いつかなくて固まっていると、再度唇に感じた温もりで我にかえる。

「ご馳走さん」と笑う銀さんを見て、ようやくキスされたのだと気づく。それも二度も。途端に顔が熱くなる。
なにしてんのこの人。意味わかんない。



「おまえ、かわいくねーからさ」



混乱しているわたしを置いて、再度顔を近づけ迫る銀さんについていけず、わたしは銀さんのなすがまま。



「銀さんがもらってやるよ」



耳元で聞こえたのは、周囲の騒がしさを一瞬で消すような、甘ったるい独占欲と愛の言葉だった。





三度目のキスが降る
(俺以外を想うおまえなんか、かわいくない)



2010.03.22
2019.11.05 fix.

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