僕の今代の主はとても真面目で誠実で、卑屈すぎるほど謙虚な女の子だった。一生懸命で僕らへの敬意も節度ももっているそんな彼女に、僕らもまた敬意を払いつき従っていた。小さいながら自慢の主だった。

僕らに対して敬語は崩さないし呼び方も他人行儀。それは短刀相手でも変わらない。いちばん長く過ごし心を許しているであろう初期刀でさえ敬語でさんづけだ。

だからといって堅物というわけではない。同じ刀派がいなくて寂しそうな蛍丸くんの保護者代わりになってあげたり、仕事の合間を見つけて短刀たちと一緒に遊んであげたりしている。蛍丸くんを「蛍くん」と呼ぶように、頼めば名前を崩して呼んでくれたりもする。



「燭台切さん」



例に漏れず僕もそのように呼ばれている。が、その呼び名を気に入ってはいない。

割と早めに顕現した僕は主と蛍丸くんのふたりとともに厨を任された。僕が顕現するまでは主と蛍丸くんと陸奥守くんの3人でやっていたそうで、僕がそういったことに興味があると言うと随分感謝され、料理についてたくさん教えてくれたしレシピ本というものももらった。主には執務があるので今ではすっかり僕と蛍丸くんが厨を仕切っているし、熱中するあまり料理のいろはを教えてくれた主より料理に詳しくなっていた。

それでも主はよく様子を見にきてくれた。なんて優しい子なんだ、と感心したがそれだけではないらしい。

どうやら故意ではないが彼女の餌づけに成功していたらしく、それもあって主が厨を訪れる回数は増えた。
僕が作ったおやつを食べるだけでなく、最近は料理教室と題してあの頃のように一緒に料理をしたりする。


あれから何振りか増え厨当番に歌仙くんが加わったが、古参以外の他の刀より仲良くなったと思っていた。だが、主はいまだ僕のことを燭台切さんと呼ぶ。



「あのさ、主。物は相談なんだけれど」



休憩だと言って厨を訪れた主に本日のおやつであるクッキーを差し出した。幸い、ここには僕と主しかいない。今しかないと思い恐る恐る切り出した。主は口をもぐもぐさせながら僕を見つめ次の言葉を待っている。



「燭台切さんって呼ぶのやめないかい?」

「すみません、嫌でしたか?」

「違うんだ!嫌なわけじゃなくて、もっと親しみのある呼び方をしてほしいと思って…」



たしかに燭台切と呼ばれるのはあまり好きではないけれど、彼女が謝ることでもないので否定する。その呼び方が気に入らないからというより「光忠」と呼んで欲しいのが本音だし。

彼女はしばらく考えると「それでは、」と言って大袈裟に咳払いをした。



「みっちゃん」



主が口にした名前は予想だにしていないほどかわいらしいものだった。
彼女は頼まれれば希望通り呼んでくれるが、僕は親しみのある呼び方をしてほしいと言っただけで呼び方を指定したわけではない。言われてみれば親しみ溢れる呼び名だけれど、てっきり「光忠さん」と呼ばれると思っていたから、格好悪いことは重々承知ながら思わず口と目を見開いて呆然としてしまった。



「嫌、ですか?」



こてんと首を傾げて不安そうに尋ねる主。体格差で自然と上目遣いになっているのがかわいらしいが今は憎い。

嫌なわけがない。主が自分で考えて僕をそう呼んだということは少なくとも彼女は些細でも僕を特別視してくれていると思えるから。

期待してもいいのだろうか。
仲良くなれたと思っていたのは自分だけではないと。初期刀殿や彼女直々に保護者となった初鍛刀くんのように主にとって自分も特別な存在だと。



「まさか!ありがとう、嬉しいよ」

「よかったです」



ほっとしたように笑う主に、僕の鼓動は落ち着くことなく加速するばかりだ。

全く、格好悪いよね。まさかこんな簡単に、しかも反撃を食らって落ちてしまうなんて。





その結果、恋に落ちました。
(これからは格好よく決めたいよね)



2019.12.27
自覚したら水面下で虎視眈々と狙うタイプ。表には絶対に出さないスマートな大人。でも恋に落ちたきっかけは特別に主から「みっちゃん」と呼ばれたからという幼稚でかわいい理由。

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