兄の部屋の前を通りかかる度にため息をつき、携帯を点けたり消したりをくり返しため息をつく。
今ごろ修学旅行を楽しんでいるのかな。いやそれはそれで一向に構わないしなによりなんだけれど。いつもいる人がいないとちょっぴり寂しいわけで。
連絡のひとつくらいくれたっていいじゃない、お兄ちゃんのばか。でもそんな時間もないほど楽しんでるってことだよね。きっと一度しかない青春を謳歌している真っ最中なのだろう。
ああでもやっぱり寂しい。これが複雑な妹心というもの。そろそろ兄離れしないとな、なんて考えていると突然鳴った着信音に驚く。いそいそと確認するとディスプレイには「お兄ちゃん」の文字が。慌てて通話ボタンを押し耳に当てる。
「お兄ちゃん?ど、どうしたの?」
「悪いな。いきなり電話して」
「ううん!そんなことないよ。ちょうど暇だったんだ。どうしたの?」
「あー実はな…」
ばつが悪そうに歯切れの悪いお兄ちゃん。お兄ちゃんからの電話で舞いあがる気持ちを抑えつつ言葉の続きを待つと、少し遠くで賑やかな声が聞こえてきた。
「やっほー!名前ちゃん!元気!?」
「こ、小林先輩?」
「こんばんは。いきなりすまないな」
「七河先輩まで。あ、こんばんは」
賑やかな声は小林先輩だった。スピーカーにしたのか七河先輩の声ははっきりと聞こえた。
どうやらお兄ちゃんは小林先輩と七河先輩の3人部屋らしく、ひょんなことからわたしの話をしている内、小林先輩がお兄ちゃんへ電話を促したんだそうだ。
「おまえだけ名前ちゃんを独り占めなんて断じて許さんぞ!」
「独り占めもなにも、こいつは兄貴なんだから」
「うるさい!それでも許せないんだァア!」
「はあ…。本当にごめんな、名前」
「ふふ、大丈夫だよ。楽しそうでいいじゃない」
お兄ちゃんは謝るけれどわたしは嬉しかった。電話をかけてくれたのは小林先輩がきっかけだとしても、友だちとわたしの話をしてくれたのがわたしも同行しているようで嬉しかった。でもわたしの話ってどんなこと話してたんだろう?
「ほらみろ!名前ちゃんはこんなに優しいというのにおまえらときたら…。やっぱり名前ちゃんは俺の癒しだァア!!」
「ありがとうございます、小林先輩」
「わざわざそんなこと言わなくてもいいんだぞ?調子に乗っちまうからな」
「正志!俺と名前ちゃんの邪魔するな!」
「……そんなつもりはねえよ」
「まあまあ。あ、やべっ。先生来るぞ!じゃあ名前またな!お土産買ってくから」
「楽しみにしてるね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、名前ちゃん!」
「うるさくして悪いな。おやすみ」
お兄ちゃん、小林先輩、七河先輩からおやすみをちょうだいして通話を切る。
声が聞こえなくなった携帯を見て少しだけ寂しさを覚えた自分がいて、ちょっとだけ面白くて笑えた。
まだまだ兄離れはできそうにない。