「ねえねえ、暇なんでしょ?俺と遊ぼうよ」
「いえ、今から帰るところで…」
「それなら送ってあげるよ!」
困った。お兄ちゃんのデートに遠慮してひとりで買い物にきたら、見知らぬ男性に絡まれてしまった。こんなことなら無理言ってお兄ちゃんに一緒についてきてもらうんだった。
「ね?いいでしょ。後悔させないよ」
「こっ困ります!」
ついに手を掴まれてしまい大ピンチもいいところ。
引きずられそうになるわたしの足と、意気揚々と歩きだす男性の足をとめたのは聞き覚えのある怒号だった。
「コラァア!?誰だ、そこでメモリあってるのは!許さん、許さんぞォオ!」
「うっわ、なんだよこいつ!?」
他人が鬼のような形相で叫びながら走ってきたら誰だって逃げたくなる。そのおかげで、あんなにしつこかった男性は走り去って行った。
「ん?なんだ、苗字妹じゃないか。メモリあってたのはおまえか!」
「ありがとうございます、古我先生。おかげで助かりました」
「は?なにがだ?」
古我先生はよくわかっていないようだけど、それが古我先生らしくて笑いがこみあげた。そんなわたしを見て先生は不思議そうに首をひねっていた。
「あれ?名前じゃん。って先生も一緒になにしてるんですか?」
「あ、お兄ちゃん」
そこへちょうどお兄ちゃんが通りかかる。デートのお相手は一緒じゃなかった。冗談交じりに「振られたの?」とにやつくとトイレ休憩で今はひとりだとご丁寧に説明してくれた。
「おお、苗字!今おまえの妹がメモリあっていたから注意していたところだ!」
「は?」
「困っていたところを古我先生に助けてもらったの」
「話が見えないんだけど…」
「いいのいいの。それじゃあ先生、そろそろ行きましょうか」
「む?お、おう…」
話についていけないらしいお兄ちゃんを置いてその場を去ろうと先生の腕を掴む。説明しようにも古我先生の言葉も先生にとっては真実だし、わたしの言葉もまた真実だ。説明をしている内にデート相手が戻ってきてしまっては、遠慮したせいであんな思いをした苦労は水の泡だ。
「じゃあお兄ちゃんも楽しんで。ばいばい」
「おまえらメモリあうのもほどほどになー!」
「(先生のほうがメモリあってんじゃん…)」
古我先生の手を引いて、早歩きでショッピング街を抜けていく。街から少し外れた公園まできたところで、手を繋いでいたという恥ずかしさに気づいて咄嗟に手を離した。楽しくて気がつかなかった。
「す、すみません!先生を引きずり回して…」
「いや、構わんぞ。元気があってよろしい」
古我先生はよく笑う人だ。今だって絶対に迷惑をかけたはずなのにこうして笑って許してくれる。とてもいい先生だと思う。
「だが元気がありすぎるのもほどほどにな。おまえは女の子なんだから」
とてもいい先生だと思う。
けれど、とてもいい男性だとも思う。
おこちゃまなわたしには到底手が届きそうにない、わたしには不釣り合いな大人の男のひと。
「最近は物騒だからひとりのときは特にな。俺が近くにいるときは守ってやれるんだが」
「え…」
「ん?どうした?顔が真っ赤だぞ」
「い、いえ!なんでもありません!」
そんな、近くにいることを厭わないようなことを言われればいやでも照れてしまう。それがたとえ大切な生徒を守るための言葉だとしても嬉しかった。
また今日みたいに守ってくれるのだろうか。
「そうか?じゃ、お返事は?」
「は、はい!」
「よしよし。先生、いい子は好きだぞー」
大人ってずるい。
守ってやるとか好きだとか。大人の余裕ってやつで簡単に言ってのける。こちらの気持ちなど無視して。
撫でられた頭に熱が集中しているようだ、とても熱くて敵わない。
ようやく気がついた。
わたし、古我先生が好きなんだ。