卒業式。
別れが寂しさと未来への希望を連れてきてくれる、そんな日。かくいうわたしの兄も、今日でこのきらめき高校を卒業する。
わたしはといえば、そんな大好きな兄の元ではなく、伝説の樹の下である人物を待っていた。自分自身この状況に驚いている。まさか自分がこんな大胆な行動に出るなんてとか、まさか兄離れできなかった自分が兄以外の男の人に夢中になるなんてとか。
でも今はそんなことより、先ほどから高鳴ってうるさい心音を落ち着かせることが先決だ。
早くしないとあの人が来てしまう。
「名前」
呼ばれた名前に、もたれかかっていた樹の幹から離れ彼の前へ行き視線を合わせる。
そこには、いつものように笑みを浮かべた古我先生がいた。大好きな古我先生がいる。来てくれた。
「あの置き手紙、やっぱりおまえだったのか」
「すみません。卒業生の担任の先生なのに、こんなところに呼び出して」
「別に構わんぞ。どうした?なにか悩みごとか?先生に話してみろ」
「…先生じゃないと、解決しないことです」
「ん?」
予想はしていたけれど、やっぱり先生は気づいていないみたいだ。
はっきり言おう。後悔が残らないように。ふられたって大丈夫、もともと叶わぬ恋なのだから。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。先生に告白すると決めてから何度も言い聞かせてきた言葉だ。
「名前?どうした?」
「だ、大丈夫です!なんでもありませんっ」
「そうか?顔が赤いけどな。熱でもあるんじゃないかと心配したぞー?」
顔が赤いのはあなたのせいです、って言っても伝わらないんだろうな。先生のそういうところが好きなんだけれど、今だけはちょっと恨めしい。
「今日は、先生に言いたいことがあるんです」
「おう!なんでも聞くぞ!」
「わたし、先生のことが好きです!」
言った!ずっと胸に秘めていた言葉を。
先生からの返答が怖くて俯いていると「俺も好きだぞ」という言葉に思わず顔をあげた。
「え?ほっ本当ですか!?」
「もちろんだ。おまえはいい生徒だからな」
なんか違う気がする。これってもしかして告白だって思われてない?わたわたしているわたしを置いて「終わりか?」と先生が言う。これはやばい!こんなんじゃここに呼び出した意味がない。
咄嗟に、先生の手を両手で掴んだ。
「ち、違います!」
「名前…」
ごめんなさい、先生。
困らせたかったわけじゃないんです。でも先生には勘違いしないでほしい。他の生徒と一緒にしないでほしい。
どうしても今伝えたいから。
先生がどこかへ行っちゃう前に。
「わたしは、ひとりの男性として、先生のことが大好きなんです!」
先生は言葉が出ないほど驚いているようだ。さも驚きましたという顔でわたしの顔をじっと見つめている。当たり前だ、今までいち生徒と思っていた女の子が告白をしてきたんだから。
「…すまん。おまえの気持ちには答えられない」
わかっていた。わかっていたけれど、胸の痛みはいやでもやってくる。じわじわと蝕んでいく。
「…そ、そうですよね。ごめんなさい、お時間とらせてしまって…」
先生の顔を見ることができない。見たらきっと泣いちゃうから。そのまま手を離そうとすると逆にがっちり手を掴まれた。なにごとかと思い先生の顔を見あげると、そこにはやけに真剣な表情をした先生がいた。
「俺は先生だ。だから生徒であるおまえの気持ちには応えられない」
「…はい」
なんて残酷なひと。わたしだってそこまで子どもじゃないからそんなにかしこまって言わなくともわかっているのに。なんなら告白前に覚悟していたことだ。
だめだ、改めて現実を思い知らされてやはり泣いてしまう。涙がどんどん溜まっていくのがわかる。古我先生が滲んで見えたから。
「だが俺は男だ。だから、おまえの気持ちに応えたいと思う」
「はい……え?」
先生の言葉の意味が理解できない。先生だから応えられなくて男だから応えたいとはいったいどういう意味なのか。いやでもいいように期待してしまう。あんなに期待してはいけないと枷をしたのに。
「古我良平は、苗字名前のことが好きだ!」
先生は堂々とそう宣言した。わたしの両手を優しく包んで、わたしの目を真っすぐ見つめて。
溜めていた涙が溢れた。どうか夢なら覚めないで。どうか、夢じゃありませんように。
「おまえの気持ちにも俺自身の気持ちにも今は応えられん。だから、おまえが卒業するまでこの気持ちは閉まっておくことにした」
「先生…」
「まさかその前におまえから告白されるとは思わなかったがな」
「驚いたぞ」と古我先生は眉を下げて笑った。「でもすげー嬉しい」と照れくさそうに頬を染めていた。先生の大人の表情も、少年のような表情も、ぜんぶぜんぶ大好きだと気持ちが溢れてくる。
「ありがとな。俺なんか好きになってくれて」
「わたしは古我先生だから好きになったんです」
涙は止まることを知らない。とめどなく流れる涙を先生は優しく拭ってくれた。
「また来年ここで、な」
「はいっ。先生、大好きです!」
こうしてわたしの告白はとりあえず幕を閉じた。先生は卒業するまで待っててくれると言ってくれた。だからおつき合いはしていないけれど、ちょっぴり古我先生の表情が赤らんだり、言葉遣いが女の子扱いしてくれたりすることが多くなった。
そういえばどうして卒業でもないのに告白したのか、と言われたので、先生が転勤すると聞いた旨を話すと「かわいい生徒を残して転勤などするものか!」と叫んでいた。先生なんだからいずれそのときはくると思うけれど、どうやらわたしが心配することではなかったみたい。気持ちばかり先走って恥ずかしいな。
でもそのおかげで、担任となった先生と一緒に楽しく毎日を過ごせたからよかった。
そしてそれから1年後の春。伝説の樹の下で。
「名前。卒業おめでとう」
別れは、寂しさと未来への希望だけではなく、古我先生とのときめきを運んでくれるのでした。