カツアゲやら逮捕やら皇帝謁見やら、この世界にきてから緊張したシーンはたくさんあったけれど今がその頂点だとひしひし伝わってくる。
「そうですか。そんなにお望みでしたか」
「私の言葉は覚えていますか?」の問いかけに初日で言われた「吊るし首」という言葉を思い出して背筋が凍る。大佐はあのときと同じように笑っていらっしゃる。
その原因はわたしが作った夕食、大佐の目の前に置かれたスープにあった。
「なんですか、これは」
「たまごスープです」
「私が知る限りたまごスープは黒くありません」
決まっていつも作るとなぜか料理は黒くなる。それがたとえレシピ通りに作ったとしてもだ。真っ黒なそれを大佐が怪訝そうに見つめている。
「で、でも!味は大丈夫ですよ!」
見てくれは黒くても味は普通のたまごスープとなんら変わりない、はず。幼馴染にはまるで手品師のようだと言われたことがある。自分でもなぜこうなるのか謎だ。これで味が絶品ならまだ救いようがあるが、残念ながら味はまあまあレベルなのでプラスにはならない。
まずは自分が食べて味は普通であることを証明するも、大佐は一向にスプーンを持とうとしない。まあそりゃそうか。
「そういえばカレーはどうしたんです」
「今煮込んでるところです。そろそろかな?」
メインディッシュである大佐リクエストのカレーを出すと、大佐は「ほう」と感嘆の声を漏らし眉間の皺を消した。
「黒くありませんね」
「カレーだけは見た目も普通なんです。あとこれサラダです」
「なぜ火を使わないサラダが黒いんですか」
「不思議ですよね」
「不思議の域を超えています」
昔からカレーだけは見てくれも黒くなることなく作れる唯一の料理だった。しかし火を使わないはずのサラダはなぜか黒い。まったくもって謎である。大佐の疑問もごもっともだ。
「スープとサラダは責任を持ってわたしが食べますので、大佐はよろしればカレーだけでもどうぞ」
仕方がない。目の前で食べて安全であることを証明しても、黒くて見てくれの悪い料理を食べてくれたのは幼馴染だけだった。文句を言いつつも全部食べてくれたっけ。
こんなことになるなら日頃からもっと練習をしておけばよかった。見た目はあんなんだが味がまともならいいだろうと結論づけて放っておいたのが運のつき。どうせ自分で食べるか、誰かに作るにしても幼馴染に対してくらいだと思っていたから。まさか異世界に飛ばされて軍人相手に作るとは夢にも思わない。
「ふむ。黒くてもその料理の味がしますね」
「大佐…」
「食べ物を粗末にはできませんから」
「…はいっ」
思ってもみない大佐の言葉に俯いていた顔をあげると、大佐が黒いたまごスープとサラダを食べてくれていた。食べる前こそ怪訝な表情をしていたが、一度口をつけると大佐は嫌な顔ひとつせず食べてくれている。黒いのにその料理の味がすることを不思議そうにしていたけれど、文句も言わず食べてくれていることが素直に嬉しい。
「特別美味しいわけでも不味いわけでもなく普通ですね」
「自分のモチベーションのために褒め言葉として受け取っておきます」
「ははは。意外とポジティブですねえ」
意地の悪いことを言われても平気だ。味のことは自分がいちばんわかっているし、なにより大佐の優しい一面に触れたことが嬉しかったから。
「まあ、カレーは味もなかなかでしたよ」
「ごちそうさまでした」と言った大佐のお皿の中はどれも綺麗になっていた。カレーだけでなく、渋っていたスープもサラダも完食されている。
人に食べてもらうのってこんなに嬉しいことなんだ。美味しく食べてもらいたい、という気持ちがはじめて芽生えたわたしは、せめて黒くならないように料理をがんばろうと心に誓ったのだった。