はじめて手料理を振舞ってから、カレー以外の見た目が真っ黒にも関わらず大佐に食事の準備をお願いされることが増え今では作るのが当たり前になっていた。初日こそなんやかんやあったが、それからは嫌な顔や茶化すこともなく食べてくれる。天使か。

さらに驚くべきはわたしを自由に行動させてくれるようになったこと。今までわたしだけ執務室に残して出かけることなんて一度もなかったのに、それが今では留守番を任せられ大佐だけ出かけることが多くなったし、他の部屋を掃除するときも勝手に出入りして掃除できるようになった。

ブウサギの世話をする際も自由に出入りしていいとのこと。だから今もこうしてひとりで陛下の私室を訪れることを許されているのだ。

ありがたいし信頼されているようで嬉しいが、こんなに無防備でいいのかと少し心配になるし不安にもなる。それを大佐に伝えたら「あなたのそういうところを評価しています」と呆れたように笑われた。どういうところなのかわからず首を傾げると「そういうところが理由ですが」とも言っていた。迷宮入りしそうだったので褒められたからよしとした。
悪いことじゃないしポジティブ大事。



「ほら!サエ、どーだ!」



そんなこんなで使用人が板についてきた今日この頃、ブウサギの世話の最中、陛下は元の世界で有名だった効果音がつきそうな勢いでそれをどこからか取り出し突き出してきた。



「ついにサエのメイド服が完成したぞ!」



陛下が突き出したそれとはメイド服のこと。まごうことなきメイド服だ。使用人なのだから着るのは当然だろうが、これまで制服にエプロンをつけて仕事をしてきたのはメイド服がないという理由だった。それがどうして今になって?



「この服、みなさんとデザインが違いますね」

「俺好みのオーダーメイドだからな!」



そのため支給が遅れたらしい。陛下が瞳をきらきらと輝かせて「着てみろ着てみろ」と催促するので早速着てみることにした。せっかくオーダーメイドしてまで作ってくださった服だ。極めつけは陛下の期待の眼差し。断れるわけがなかった。
着てみた感想は「恥ずかしい」の一言に尽きる。



「なるほど。それが機械化の原因ですか」



ところ変わって大佐の執務室。ブウサギの世話を終えて戻ってきたわたしの服装が変わり、珈琲を淹れるにも初日のときよりガッチガチな動きを見て不審に思ったのか、その理由を聞いてきた大佐にこれまでの経緯を話す。大佐はなんだそんなことかと呆れてまた書類に目を移した。



「制服とは違うフリフリで通気性抜群の足がどうも落ち着かなくて…」

「断って突き返せばいいんですよ」

「わざわざわたしのために作ってくださったのです。陛下のお気持ちを無碍にはできません」

「そうでした。あなたはお人好しでしたね」



興味をなくしたのか、それから大佐がこの件について追及することはなかった。いつも通りの職務とはいえぎこちなさは未だ直らないまま時間が過ぎ、書類に目を通していた大佐が突然立ち上がる。



「少し出ます。すぐに戻りますから留守番は頼みましたよ」

「は、はい。いってらっしゃいませ」



ぱたんと扉が閉まり静まり返る執務室で掃除を再開した。が、ぎこちない足は思うように動かず、自分の足で躓いて床に置きっぱなしの本の山に倒れ込んでしまった。



「…っいてて。ん?なにこれ?」



本の間に挟まっていたものをなんとなく取り出してみるとそれは古びた写真のようだった。子どもたちが女性を囲んでいるなんとも心和む写真には見覚えのある子どもが写っていた。うーん?どこで見たんだ?



「あ…この子、大佐だ」



そうだ大佐に似ているんだ。眼鏡じゃないし瞳の色は違うけれど、髪色や透き通るような白い肌と冷たい印象の目つきはそっくりだ。隣に並ぶ褐色肌で金髪の子どもは陛下の面影がある。

もしかして子どもの頃の写真?ふたりがただの主従関係に見えなかったのは旧知の仲だからと思えば親友のような関係にも納得できる。



「余計に散らかすとは珍しい掃除ですね」

「た、大佐!おかえりなさいませ!」



唐突に背後から声をかけられ驚いた。扉が開く音も近づく足音も聞こえなかったから戻られたことに気づかなかった。さすがは軍人。



「すいません。躓いて転びました」

「おや。案外鈍臭いですね」



わたしの手の中のものを見た瞬間、意地悪く笑っていた大佐から表情が消え、焦るように素早く写真を奪う。奪われたことより大佐が焦っていることが珍しくて呆然としてしまった。



「これを、どこで…」

「崩した本の間に挟まっていました」

「…そうですか」



何事もバッサリ切り捨てるように話す大佐が歯切れ悪く呟くなんて、今日は珍しいことばかりだ。お怒りではないものの表情だって芳しくない。もしかしてあの写真は見てはいけないものだったのだろうか?大佐と陛下が幼馴染だということを知られたくなかったとか?でも今さらな感じもするし隠しているようにも思えない。



「申し訳ございません。すぐ片づけます」



立ち上がり崩した本を直す。
気にならないわけではないけれど、これは聞かないほうがいい事案だとカテゴライズした。その考えは当たっていたようで、視界の端で大佐がほっと一息ついているのがわかった。



「そういえば、その服には慣れましたか?」

「あ、いえ。そのおかげでこんな目に…」

「ではこれを」



いつもの表情に戻った大佐から小包を受け取る。了承を得て開けてみると、中には黒いスパッツが何着か入っていた。



「他の使用人に用意させました。これならあなたの機械化も直り、陛下のお気持ちも汲めるでしょうから」



わたしのためにわざわざ貴重な時間を割いて用意してくれたらしい。特にご予定の変更はなかったはずなのに突然出かけたのはこのためだったんだ。



「大佐、ありがとうございます」

「散らかる掃除をされては困りますからね」



はじめて名前を呼ばれてから、大佐の優しさに触れることが多くなった気がする。今の大佐には初日のときのような恐怖心はない。
写真のことは気にならないと言えば嘘になる。けれど心地いい時間が壊れるくらいなら知らなくてもいい。



「それから、これも」



続いて大佐が差し出したのは小さな箱。これも了承を得て開けてみると、中には撫子色の花を模った装飾品があった。手にとり光にかざすときらきらと反射して綺麗だ。



「響律符といいます」

「きゃぱ…?」



きゃぱしてぃこあとは身につけることでなんらかの能力を向上させるものらしい。大佐が説明してくれたが詳細は難しくて謎だ。唯一理解できたのは、ファッション性も高くアクセサリーとして親しまれているということ。



「お返ししますよ。元はあなたの物ですから」



預けていた私物といえば携帯だが、まさかこれが?原型すら留めていない。
疑いの眼差しでキャパなんとかを見つめていたら「さすが理解が早いですね」とお褒めの言葉をいただいた。察するにこれが携帯で間違いないらしい。



「あのままでは物珍しさからまた恐喝されかねませんからね。無断で申し訳ありませんが、この世界で馴染みあるものに改造させていただきました」

「すごい…。わざわざありがとうございます」

「あなたの言う通り通信機能も他の用途も使えませんでした。まあ他の用途に関しては謎が多く解析不能と言ったほうが正しいですね」

「やはりそうでしたか」

「ま、髪飾りになった程度の認識で持っていてください」



携帯はまさかの髪飾りになった。からくりはわからないが携帯本体は譜石?の中に入っており、この世界では使えないらしい。

撫子色をした雛菊の髪飾り。まん丸で女の子っぽいそれに気恥ずかしくなって言葉が出ない。男性から身につけるものをもらったことがないので変に緊張してしまう。大佐はただ携帯を返してくれた、それが少し形を変えただけ。わかっていても頬に熱が集う。

髪飾りをじっと見つめていると、白く長い指がそれを攫ってしまう。その指を目で追うと視界から消えて代わりに耳元で髪が揺れた。



「似合っていますよ、サエ」



その日、わたしは使いものにならなかった。
原因は陛下がくださったメイド服。それは大佐のはからいでことなきを得たが、もうひとつの原因は、未だ頬の熱が引かないわたしの耳元できらきらと咲き誇っている。

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