見知らぬ土地に降り立ち、最初に言われた言葉は「金を出せ」だった。


部屋に入ると、ベッドの上に鎮座した大きなぶたのぬいぐるみに出迎えられる。誕生日に「おまえに似てるからやる」と言われて幼馴染からもらったものだ。

今日は、毎日行われる幼馴染との勝負に負けてジュースを奢らされた。貴重なお小遣いなのについてなかったなあとため息をつきながら、制服から着替えるために箪笥を開けた瞬間。ふわりと身体が浮くような感覚のあと、ずんっと一気に重力がのしかかるような感覚がして今に至る。


どういうわけか、そこには大きなぶたのぬいぐるみもなく、そもそもわたしの部屋ではなかった。生い茂る緑に囲まれたここは森。そう、森だ。



「ここは通さねえぜ!」

「お嬢ちゃん、珍しい格好してるな」

「金目の物、全部置いていきな」



平凡はわたしにとって縁のある言葉である。
いや、縁なんて生易しいもんじゃない、わたしの人生そのものだ。

それほどまでに生まれてからこのかた平坦な道のりだった。容姿、頭脳や運動能力も並大抵で、人間関係においてもムードメイカーでもなければ嫌われ者でもない。「人生楽ありゃ苦もあるさ」と誰かが歌っていたが特別楽もなければ苦もない。
そんな人生をつまらないと思ったことは一度たりともないといえば嘘になるが、結局は平和に越したことはないという答えに落ち着いた。

そんなわたしが部屋の箪笥から見覚えのない深い森に入ると、それはそれは人相の悪い不良たちにカツアゲされるというなんとも非凡な経験をしている真っ最中なのである。



「言う通りにしたほうが身のためだぜ」

「でも、お渡しできるものはなにも…」

「そんな上質な服着といて嘘はいけねえ」



嘘なんて言っていない。実際にわたしは無一文でなにも持っていなかった。不良たちが言う上質な服というのもただの制服。ポケットの中に携帯があるが物取りの彼らの御眼鏡にはかなわないだろう。

不良たちは下卑た笑みを浮かべながらじりじりと歩み寄ってくる。近寄られた歩数分だけわたしは後退る、その繰り返し。

このままこうしていてもいつかは実力行使に出られるかもしれない。そうなればわたしの人生もここまでということになる。今までは良くも悪くもなかったのに、最後の最後で後悔というか謎が残る人生となってしまった。

さようなら、わたしの寂しい人生。
せめて幼馴染との勝負に勝って終わりたかった。
半ば人生を諦めかけた、そのとき。



「おや、私の配下で恐喝行為とは。度胸だけは認めて差しあげましょう」



死を覚悟したわたしの背後から、逆らう気など起きなくなるような冷たい声が聞こえた。

あんなに余裕綽々だった不良たちは顔面蒼白となり、その視線はわたしの背後へと注がれる。
いったいその先になにがいるというのか。



「な、なんでおまえが…!?」

「残念でしたね。別件ついでにあなた方が釣れたのです。さて、お縄を頂戴しましょうか」



どこから現れたのだろう。兵士のような格好をした人たちが不良たちを捕らえ連行する。それを呆然と見つめながらわたしはその場に座り込んだ。腰が抜けて立てなくなったと言ったほうが正しい。危機が去ったことで緊張の糸が切れてしまったのだ。



「大丈夫ですか?」



またあの声だ。今度は正面から聞こえる。
あんなに厳つくて怖い不良たちを黙らせた声。もしかして、この声の主は不良たちの何倍も怖い人なんじゃないだろうか。
そもそも人なのか?こんなへんてこな体験をすれば、なんだか空想上の生き物までいるような気がしてならない。例えばそう、キングコングとか!
一度考えてしまうとなくなったはずの緊張感が戻ってきた。もしもそれが本当ならこんなところで座り込んでいないでさっさと逃げなければ。カツアゲどころの騒ぎじゃない。た、食べられる!



「立てますか?」

「わたしは美味しくありません!」



突然目の前に差し出された手のひらに驚いてキングコング相手にそんなことを口走る。すると聞こえてくるくすくすという笑い声。

恐る恐る顔を上げてみるとそこには眼鏡をかけた見目麗しい男性が立っていた。当然わたしと同じ人間という種族だ。まあ同じ種族には見えないほど美しい顔立ちをしていらっしゃるけれど。



「心配しなくても、私には人間を食べる趣味はありませんよ」



どうやらこんなに綺麗な人をキングコングと勘違いしていたらしい。口に出していないとはいえ、なんて失礼なことを考えてしまったんだろうと申し訳なくなってきた。



「すみません!混乱してとんでもない勘違いを…」

「どんな勘違いをしたのか些か興味がありますが、まあいいでしょう」



聞かなくて正解だと思います。キングコングだと思いましたとは口が裂けても言えない。

苦笑いを浮かべることしかできないわたしに美人さんはもう一度手を差し出し「立てますか?」と訊ねてきた。美人なうえに優しい人だった。なんだこの人は神の使いか?重ね重ね失礼なことを考えてしまった自分に嫌気がさし、罪悪感が胸中でぐるぐると渦を巻く。

「ありがとうございます」と言いながら彼の手を借りて立ち上がる。そのときだ、ガチャリという不穏な音が聞こえたのは。違和感に視線を落とすと両手首が手錠で繋がれていた。

意味がわからない。

手錠をかけた張本人である美人さんに視線を戻すと、彼はとても楽しそうに笑っていらっしゃった。目が笑っていないように見えるのは気のせいですか?



「不法侵入及び第七音素大量放出犯として、あなたの身柄を拘束、逮捕します」



呆然と立ち尽くすしかないわたしに美人さんはそう言った。開いた口が塞がらないを今体感している。


拝啓、親愛なる幼馴染殿。
わたしはたった今、知らず知らずの内に罪を犯したようで犯罪者と相成りました。

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