あれからどうなったんだっけ。そもそもあれからってどこからだっけ。ユキちゃんとの勝負に負けてジュースを奢らされたところだっけ。そんなに前じゃなかったような気がする。
帰宅して自分の部屋に入り、大きなぶたのぬいぐるみに出迎えられ、早めに課題やっておこうと思いながら着替えようとして箪笥を開けた。
ああ、思い出した。
深い森の中でカツアゲされて、危機が去ったと思えば今度は犯罪者扱いされて逮捕されたんだ。そして「いせかいじん」と言われて、人間が光に包まれて目の前で小爆発が起きて頭の中がいっぱいいっぱいになって…。
そうだ、ここはわたしの知らない世界だった。わたしを知る人もわたしが知っている人もいない寂しい世界。
サエ。
わたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。低く、けれど心の底が暖かくなるような声。知らない誰かさんの声は脳内に直接語りかけてくるようだった。
物分りがよいな。嬉しく思うぞ。
あなたは誰?なぜわたしの名前を知ってるの?どうしてわたしが異世界にいることを知っているの?ここには知人などいないはずなのに。
声の主が解決してくれるかはわからない。でも、唯一この世界でわたしの名前を知る人物に聞きたいことなんて山ほどあった。
我が名はローレライ。汝を導きし者なり。
ローレライという名前に胸がぎゅっと掴まれた感覚になる。痛くはない、なんとなく切なくて苦しい。なんでだろう。導きし者ということはローレライがわたしをここに連れてきたということなのだろうか。
いかにも。
ここに連れてきた張本人だとローレライは肯定する。
ここまでローレライと話していて気づいたのだが、どうやら心の中で考えたことは彼に筒抜けらしい。なぜならわたしは一切声を出していない。プライバシーなんてあったもんじゃない。
ここは惑星オールドラント。
心づいている通り、汝が知る世界とは異なる世界なり。その世界に汝が選ばれた。
すいきんちかもくどってんかいめいおーるどらんと?語呂はいいけど聞いたことがない。
そしてなぜわたしが選ばれるに至ったのか。自分で言うのもなんだが特別得意なことも特殊な人生を歩んでいたわけでもない平凡な人間を選ぶなんて。現在進行形で特殊な人生を歩んでいるけど。
そもそもなにに選ばれたというのか。不良にカツアゲされることか、それとも軍人に逮捕されることか。それで選ばれたとしたらとんだ不幸者だ。ツイてなさすぎる。
我の退屈凌ぎに選ばれたのだ。
どうやら予想以上にくだらないことに選ばれたらしい。今まで体験した不幸の中で堂々の第1位にランクインした。
ちなみに今までの第1位であり、たった今第2位に降格した不幸は、大量の課題をしっかり終わらせたのに家に忘れてしまい提出できず補講をするはめになったことだ。がんばったのに。
長きに渡り幽閉され暇を持て余していたのでな。
汝をオールドラントへと呼び寄せたのだ。
開いた口が塞がらない状況をこんなに短いスパンで体験するとは思わなかった。
それじゃなにか。ローレライの退屈凌ぎのせいで不良にカツアゲされ知らない内に罪を犯して犯罪者になり軍人に逮捕されたというのか。
衝撃的事実に怒りを通り越し阿呆のようにただあんぐりと口を開けたままでいると、ローレライは嬉しそうに言うのだ。
サエ、加護を授かりし少女よ。
広大な海を渡り、遠き空を超え、それが交わる果てで己が信ずる道を往け。そしてどうか愛すべきこの世界を見届けて欲しい。
その果て、最高の退屈凌ぎになるであろう。
ローレライの言葉の真意はわからない。先ほどのような人をおちょくっている感じではない。
彼は、ただただ嬉しそうにそう言った。
弱き旅人よ。
さあ、往くがいい。
夢の中のはずなのに風を感じた。優しくも強い風はわたしの背中を押した。もう目覚める時間だとでも言うように。「待って」の言葉はローレライには届かなかった。
我が愛し子、サエ。
汝の旅路に幸多からんことを。
そう言い残しローレライが去っていくのがわかった。追おうにも意識しかない状態で姿のない彼を掴まえるのは不可能だ。
背中を押していた風がさらに強く吹き荒れる。吹き飛ばされたわたしの意識は暗い闇へと落ちていく。
サエ。
風の中でローレライとは別の声が聞こえたが、それが誰なのかはわからなかった。でもローレライのときと同じように不思議と心が暖かくなった。