たとえば羊のような形をした大きな角が生えているとか、髭や髪をたくさん蓄えているとか、鋼鉄をも引き千切る立派な牙があるとか、人間より何倍も大きい身体だとか。わたしが想像する閻魔大王さまとは、そんな空想上の生き物だった。
「なにをぶつぶつ呟いているのですか。早く中に入りなさい」
大きな扉が唸りをあげて開き、数歩進んだ先でカーティスさんが動かないわたしを急かす。しかし恐怖のせいか自分の足なのになかなか言うことをきいてくれない。今から生死に関わるであろう判決を下されにいくのだ。メンタルが勇者クラスならまだしも所詮そこいらの村人クラス程度。足が竦まないわけがない。
なかなか動こうとしないわたしに痺れを切らしたカーティスさんは強めに手綱を引いてわたしの足を強制的に動かした。
ああ、入ってしまった。審判の間に。
「陛下。連行しました」
「ご苦労」
閻魔大王ならぬ閻魔皇帝さまと思しき声は巨人らしいエコーも効いておらず、予想していたものより幾分か高く感じた。それに逆光によってつくり出された影は想像より遥かに小さい。
「さあ、近う寄れ」
言われた通り、生唾を嚥下して閻魔皇帝さまの前へ一歩踏み出してみると、幾つもの針のような視線に射抜かれる。見ればそこには偉そうなおじさんたちが閻魔皇帝さまの側に立っていらっしゃった。まだ見ぬ閻魔皇帝さまに恐怖するあまり全く周りが見えていなかったらしい。お偉いさん方の視線が痛い。
「君が異世界からの探訪者か」
「はっはいぃい!」
唐突に声をかけられたものだから驚いた拍子に声が裏返ってしまう。しまった。最大の関門は閻魔皇帝さまなのにお偉いさん方の視線に気をとられていた。
くつくつと愉快そうに笑う前方へ視線を戻す。
徐々に目が慣れ、ついに閻魔皇帝さまの全貌が明らかになった。
「ようこそ、異世界からの小さな客人よ」
影がはけて露わになった閻魔皇帝さまはとてもじゃないが閻魔と呼べるようなお方ではなかった。
犯罪者のレッテルを貼られた人間に、優しい笑みを浮かべながら歓迎の言葉で迎えてくださったのだ。そのお姿はまるで…。
「おひさまみたい」
思い描いていた閻魔大王とは真逆の印象だが自然と呟いた言葉に嘘偽りはない。
閻魔大王とはかけ離れている、似ても似つかぬそれとは正反対のお方。閻魔皇帝さまはわたしと同じ人間という種族…いや、同じ人間とは思えないくらい心根が澄んだお方。澄み渡る空のような雰囲気を纏っている。
「あっははは!面白い娘だな!」
「す、すみません!失礼なことを…!」
「いいや、構わん」
ニカッと笑う目の前のお方は本当に太陽のようだった。褐色の肌に映える金髪と、凛と輝くどこまでも蒼く澄んだ瞳。この人がこの国の皇帝陛下さま。
「それよりどうだ、俺と結婚しないか」
「え……ぇぇえええっ!?」
「はははっ、顔がリンゴのように真っ赤だぞ。ふむ、初々しい反応だな。ますます気に入った」
「陛下、お戯れはよしてください。プロポーズなら判決を下してからごゆっくりどうぞ」
国のトップが自国の犯罪者相手にプロポーズするのもどうかと思うが、今のカーティスさんの発言もどうかと思う。根本的なものが間違っている。
「まったく、おまえは冗談が通じなくてかなわん。緊張を解してやろうと思ったんじゃないか」
「それは申し訳ございません。とても冗談には聞こえなかったもので」
わたしを挟んで会話をするふたりにおろおろしていると、それに気づいてくれた皇帝さまは「すまない、待たせたな」と言ったのち真剣な眼差しで見つめてきた。その瞳は背筋をしゃんとさせるのに充分だった。
「さて、異世界の客人。君の名前は?」
「サエ・アズミです」
不思議と心に巣食っていた恐怖は消えていた。予想していた閻魔大王が同じ種族だったからではない。「ようこそ」と歓迎の言葉をくださった皇帝さまの表情があまりにも朗らかだったからだ。
きっと皇帝さまは、民を愛し民に愛されるような立派なお方なのだろうと直感した。閻魔大王だと妄想していた自分が恥ずかしい。
そんな失礼なことを考えていたとは知らない皇帝さまは「いい名だ」と太陽のように笑う。その太陽が恐怖心や緊張感を溶かしてくれる。
「サエよ。判決を言い渡す」
恐怖心が解れたおかげですっかり忘れていたが皇帝さまの言葉で現実に引き戻される。そうだ、わたしは生死に関わる判決を下されるためにここにいるのだ。
辺りが静寂に包まれた。
口の中はカラカラだ。判決を下される前に干からびてミイラになるのではないかと思った。もちろん冗談、半分だけ。
「被告人は仮釈放、延いてはマルクト軍専属の使用人を命ずる」
言い渡された判決は未来へと繋がった。どうやらカラカラのミイラにならずに済むようだ。