なんとか豚小屋直行便を回避したわたしは謁見の間をあとにし、カーティスさんに連行され今に至る。どうやらここは彼の執務室のようだ。
「こちらに来なさい。外して差し上げます」
外すとはどういう意味だろう?と首を傾げたが、近くに寄れと言っていることはわかったためカーティスさんに近寄ると、ガチャリと聞き覚えのある音がしたあと両手の重みが消えた。外すって手錠のことだったのか。手錠されていることに慣れはじめていた自分が怖い。
固まっているわたしを見て「おや、手錠の趣味がおありで?」とカーティスさんが物騒なことを言ってきたので全力で頭を左右に振り、手錠を外してくれたことのお礼を言った。
「それから、これですが」
「あ。わたしの携帯」
提示されたのは唯一の所持品である携帯。入れていたはずのポケットを探るがもちろんそこにはない。今はカーティスさんの手の中だ。いつの間に彼の手に渡ったのだろう?と考えていると「倒れたときに身体検査をさせていただきました」と説明された。
わたしがよっぽど感情を表に出していたのか、カーティスさんの勘が鋭いのか、それとも人の心が読めるのかどれもあり得そうで真実は謎だ。
「興味深い物なので調べさせていただきますよ。それまで没収です」
この世界に携帯がないなら調べられるのも当然か、と冷静に受け止めている自分がいた。そもそもこの世界に知人はいないのだ。電話やメールをすることはないし、この世界に携帯が存在しないならきっと無価値だろう。
あれ?なんかこの状況に順応してない?自分よ、慣れるの早くないか?
「これはポピュラーな物なのですか?」
「そうです。ご存知なんですか?」
「あなたが隠者でも先帝派でもなく異世界人と判明した今、身の振り方を見るに元の世界であなたは一般市民だったと推測しています。成人の儀も終えてなさそうとなればこれは身分に関係なく持てるものではないかと思いましてね」
すごい。存在だけで不良を蹴散らしたり、寝ている人の顔に水ぶっかけたりして、優しいところもあるけれど軍人らしく怖い印象だった。それに加えて細かいところに気づき推理して的確に答えを導く。軍の中でもきっと頭のキレる人なんだろう。皇帝さまが得体の知れないわたしのことを一任したり、おじいさんたちがカーティスさんの名前が出た瞬間に身を引いたりするくらい信頼されているみたいだし、もしかしてカーティスさんってすごい人なのかも。
「おっしゃる通りです。わたしがいた世界では大半が所持しています。主に連絡手段として」
「ふむ、通信機器ですか。主にということは他にも使用用途はあるようですね」
「はい。でもこの世界では使えない機能だと思います」
「それはそれは。でしたら尚のこと調べさせていただきます。元犯罪者の言うことを鵜呑みにできませんからね」
だからわたしは無実ですってば!そう言っても無駄なので口を噤む。実質、自由の身になったとはいえ信用はされていないらしい。たしかにカーティスさんたちからすれば不法侵入とセブンなんちゃらを犯した犯罪者だし、信用しろというほうが無理な話だ。元の世界では学生の証である制服だって彼らからすれば違和感丸出しだろう。不良たちが上等な服って言ってたし、そこそこいい暮らしの出だと思われてもおかしくない。
あれ?じゃあ一目見て信用した皇帝さまが変なのか…?
「なにを考え込んでいるのです?」
「あ、いえ。どうして皇帝さまは初対面にも関わらず国の犯罪者だったわたしによくしてくださったのだろうと思いまして」
「カーティスさんたちのように警戒するのが普通なのに」とつけ足すと、カーティスさんは一瞬目を丸くしたかと思えばすぐに表情を戻し眼鏡のブリッジをあげた。
「陛下の判断によっては死もあり得た状況に一般市民らしく怯えたと思えば、一方で物事を酷く冷静に客観視できるとは恐れ入ります」
「えっと…あの?」
「褒めてるんですよ」
褒めてたんですね、それ。
どこか楽しそうなカーティスさんを見る限り冗談でも皮肉でもないらしい。カーティスさんの今の言葉を数少ない長所として覚えておこう。
「あなたはあくまでイレギュラーであり、犯罪者であって犯罪者ではないのです」
「つまり犯罪を犯すべくして犯したわけでなく、不法侵入等の罪は異世界訪問による不可抗力であり、一般のケースには当てはまらない、と?」
「ええ。理解が早くて助かります」
わかったようでわからない今のわたしの状況を噛み砕いてみると、カーティスさんは満足そうに頷いてくれた。貼りつけた笑みばかりだと思っていたけどちゃんと笑ってくれるんだ。
「あなたという人間の善悪は図りかねます。ですがまあ、陛下のお眼鏡にかなったわけですからね。その辺は信用していますよ」
カーティスさんが皇帝さまをとても信頼していることがひしひしと伝わる。謁見の間でもそれを感じたが周囲の視線が痛くてそれどころではなかった。改めてふたりの信頼関係がよくわかる。
国のトップと軍人さんってこんなに信頼しあうものなんだろうか。でなければいけないんだろうけど、なんというか皇帝さまとカーティスさんは主従というより親友みたいな感じ。
なにはともあれ判断を下してくださった皇帝さまに改めて心の中で感謝した。
神さま、仏さま、皇帝さまである。
「聞いていますか?」
「え!?あ、はい!なんですか?」
「どうやら考え込むと周囲が見えなくなるようですね。集中力は結構ですが気をつけるように」
「す、すみません」
サーッと血の気が引いたが、カーティスさんは肩を竦め「やれやれ」とため息をつくだけで怒ってはいないようだ。危ない危ない、手錠は外れても未だ命の手綱はこの人が握っているんだから気をつけなければ。
カーティスさんのさっきの言葉を数多ある短所に加えておこう。
「皇帝陛下の勅命により本日づけで軍専属の雑用係に任命します。仕事内容を話しますので聞き逃さないように」
使用人と言えば聞こえはいいが雑用係のほうが性に合っている気がすると自分で納得してしまうあたり悲しくなる。
仕事内容は単純。身体検査を終えたあと、お茶汲みと執務室の清掃をすること。ただし机の上は触らないことと書類関係は勝手に捨てないことを念押しされた。
「それから軍にいる間、私のことは階級で呼ぶように」
「階級ですか?カーティスさんの階級って…」
「言ってませんでしたか。では改めて。マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐です」
「せいぜい首が飛ばないようがんばってくださいね」とにっこり笑って自分の首をなぞるカーティスさん改め大佐さん。背筋がぞっとしたのは言うまでもない。
あ、やっぱり飛ぶのは首なんだなと他人事のように現実逃避した。
拝啓、親愛なる幼馴染殿。
どうやらわたしはとんでもない人の元で働くことになったようです。