わたしは見ていない、なにも見ていないわ!道端に落ちている白いたて笛なんて!彼が持っていたような気がするたて笛なんて!
彼というのは勿論ジャガーさんのこと。突然わたしの日常に入り込んできた恋愛下手な不思議な人。奇抜から不思議に進化したのは、先日もっと変な人というか本物のストーカーを発見したから。
さて。なぜ道端に落ちている笛がジャガーさんのものであるとわかったのかというと、答えは実にシンプルだ。
まずひとつ。たて笛を道端に落としうる人物がジャガーさん以外に思いつかないということ。
それからもうひとつ。ジャガーさんのたて笛は、ごく一般的なたて笛とは違って白かったのを覚えていた。怒りの告白事件の日に突きつけられとても珍しいと思っていた。
以上のことからわたしはこのたて笛がジャガーさんのものであると確信したのである。
それにしても、どうしよう。
さらなる変人を見たおかげでジャガーさんに対する抵抗心は初対面のときと比べて薄れたし、彼が悪いわけではないのに女子高生に謝罪をしていた姿からいい人かもしれないとさえ感じた。けれど全くなくなったわけではない。第一印象が強烈だったせいで今でもあまり関わりたくないというのが本音だ。
とか言いながら、道行く人に訪ねてたて笛を届けに来た己のお人好しな性格をこれほどまでに恨んだことはない。
ガリプロのふえ科。聞けばジャガーさんはそこで講師をしてるらしい。教えてくれた眼鏡をかけた男の子、とても興奮しながらしゃべっていたけどそんなにすごい講師なのかな。悪いけどあんまり想像できない。
「こ、こんにちはー…」
「教えてやってもいいがあいつに手出すなよ泥棒猫」と睨まれたときはどうしようかと思ったが、なんだかんだ普通にふえ科の扉の前まで案内してくれたポニーテールの女の子にお礼を言い別れて数分後。ここまで来といて渋っていたが「ええいままよ!」と意を決してふえ科の教室に入る。
だけどそこにはジャガーさんの姿はなくて、ピヨ彦くんと女性とストーカーさんがいた。
ああピヨ彦くん!きみが輝いて見えるよ!
「あれ?どうしたんですか?」
「よかった、ピヨ彦くんがいて!」
「え?なにピヨちゃん、この子と知り合いなの?はじめまして。拙者ピヨちゃんの親友の浜わたr」
「実は頼みたいことがありまして…」
ストーカーさんがなにか言ってたけどそんな時間はない。ジャガーさん不在でなおかつピヨ彦くんがいるこのときを逃してなるものか。ジャガーさんが来る前に早く立ち去りたいわたしはストーカーさんの言葉を遮ってピヨ彦くんに事情を話そうとした。
「おはよーござまーす」
覇気のない挨拶とともに彼は来てしまった。
ああ、もっとわたしが早く意を決してふえ科の扉をあけていれば最高の形で任務遂行できていたのに!
「きっききくっきみは…!」
「ジャガーさん、ちょうどよかった!今苗字さんが来たところなんだ」
「苗字ちゃんっていうんだ!ちなみに下のお名前は?ソーリー!まずは拙者が名乗らないとだYOね。そう拙者は浜わt」
「なっなななんなんの用だ!」
「ジャガーさんったら緊張しちゃって。そんなにどもらなくてもいいのに…フフ」
顔を真っ赤にしてわたしを指差すジャガーさんに、その様子を微笑みながら見つめるピヨ彦くん。ストーカーさんはわけのわからないことを呟いている。
早くこのたて笛をジャガーさんに渡して帰りたいのに言い出すチャンスがない。
「なんだよフフって。ピヨ彦気持ち悪いな!」
「気持ち悪くないでしょ別に!」
「うわピヨ彦まじないわ気持ち悪い!」
「語尾みたいに言わないでよ!」
「ねえねえ苗字ちゃんはガリプロ生?見かけないけど何科なの?ついでにどこ住んでんの?」
なんか話が脱線してない?
ジャガーさんとピヨ彦くんは言い争いをしているし、すぐ隣ではストーカーさんが頬染めながらなんか話しててうるさいし。自然とたて笛を握る手に力が入る。
「今度、拙者とデートしない?」
「チェストォオオ!!」
我慢の限界を迎えたわたしは、心の叫びとともに意のまま力のまま持っていたたて笛を振り下ろし、見事ストーカーさんの脳天に命中させた。
鋭い音が教室に響き渡ったあと、辺りを静寂が包みこむ。ストーカーさんが床に倒れる音だけが虚しく響いてわたしはやっと我にかえった。
「ごっ、ごめんなさい!!」
今の状況を驚異的な速さで冷静に考えた結果、謝罪の言葉を叫び、勢いよく教室を飛び出したわたしは知らない。
そのころ教室では、わたしに対するジャガーさんの好感度がさらに上がったことを。
たて笛を握りしめて
(たて笛を返さなかったことに気がついたのは帰宅後だった)