「たて笛のジャガー!勝負じゃ!」



整理してみよう。
つい一時の感情に任せてストーカーさんを殴りつけてしまい、ふえ科の教室から猛ダッシュで逃げてきてしばらくしたあと、ジャガーさんにたて笛を返さず家に帰ってきてしまったことに気づき、ポティロンの散歩も兼ねて以前会った空地へ行くことにした。

ここまでがわたしのいきさつである。
ストーカーさんをたて笛で殴ったことはひとまず置いておくとして、それ以外はなにも恨みを買うようなことはしていないはずだ。念のためストーカーさんの敵討ちなのか聞いて見たら「なに言ってんだこいつ」みたいな顔をされたのでそういうわけでもないらしい。しかも目の前の人とは初対面だ。面識があればこんな特徴的な髪型と服装をした人なんて覚えている。
以上のことからわたしはこの人に勝負を挑まれる筋合いはない。



「どうしよったジャガー!このワシを前に怖じ気つきおったか!?」



第一声にも言っていたがそもそもわたしはジャガーさんではない。外見だって似ていないしまず性別すら違う。間違われるわけがないのだ。それなのに目の前の特徴的な髪型と服装のおじさんはとんでもない勘違いをしていらっしゃる。勿論そのことも否定したが「しらばっくれても無駄じゃ!」の一点張りでわたしの話など聞いてはくれない。

おじさんに絡まれて数十分。最初こそ警戒していたポティロンも、話を聞かないおじさんは害がないと判断しあくびをして座り込んだ。せっかくのお散歩なのにごめんね、ポティロン。わたしも疲れてきたよ。



「おまえが持つ笛はまさしくジャガーのたて笛やないかい!」

「ああ、これは道端に落ちていたのでジャガーさんに届けようと…」

「見え透いた嘘をつくんやない!」



先ほどから本当のことしか言っていないんだけど。わたしがなにを言っても無駄なようで、おじさんは鼻息を荒くし憤慨している様子だ。いったいジャガーさんとはどういう因縁をお持ちなのだろう。そうとうな恨みを持っているに違いない。

困り果ててポティロンを見ると、お利口さんな彼も状況を把握できないようで困ったように「くうん」と鳴いた。



「顔を見れば一目瞭然!目とか特に似とるわ」

「どこがですか…」

「服装も…白いもん!白だもん!」

「確かに今日は白いワンピースを着てますけど、それなら白衣の天使である看護婦さんも白いですよ?彼女たちもジャガーさんですか?」



言ってやった感!最初は目が悪いのかと思っていたけれど、全然そんなことはなさそうだし、なんだかわざと言われているようでだんだんと腹が立ってきた。そのため意地悪を言ってみた。悪いことはない、はじめっから意地悪を言っていたのはおじさんのほうだ。



「…看護婦さんとか卑怯じゃけえ」



今までの勢いが嘘かのように、おじさんは冷や汗を垂らしながらぼそっと呟いた。なぜ看護婦さんを引き合いに出すと卑怯になるのかはわからないが、意気消沈してくれたみたいで少しだけ気分が軽くなった。



「この際おまえが本物のジャガーじゃないほうが都合ええってことに気づくべきやないかのう…」



どうやら思った通りわたしとジャガーさんをわざと間違えていたようだ。それにしたってどうしてわたしが巻き込まれなければいけないのだろう。ジャガーさんに因縁があるとしてもわたしとは無関係なのに。



「ってことで勝負じゃ!」

「え!?」

「先手必勝!目が怖い!!」



カーンッという音が周囲に響き渡ると、蛇に睨まれた蛙の如くわたしの身体は動けなくなった。強烈な視線に身体中が射抜かれているかのよう。

なにこれ!?
どうしたらいいの!?

身体は動けないがパニックに陥り脳内が大忙しだ。異様な雰囲気を感じ取りポティロンが吠える。

その瞬間、わたしの視界が真っ白に覆われる。ああ、ついにお迎えがきたのかな。ポティロンの唸り声を聞きながらこの世とおさらばしちゃうのかな。心残りがありすぎる。そう思いながら瞳を閉じた。



「もう大丈夫だから」



最近よく聞くその声に強い安心感を得た。
弾かれたように目を開けると、そこにはわたしをかばい立つジャガーさんがいた。わたしの視界を包んだのはジャガーさんの背中だったようだ。



「ジャガーさん…」

「ジャガーじゃと!?」



眉間にしわを寄せおじさんに向けて真っすぐ視線をぶつけるジャガーさんは、わたしが知ってるいつもの不思議なジャガーさんではなくて。



「こいつには手を出すな」



いつになく真面目なジャガーさんを見て、ほんの少しどきどきした。
まるで少女漫画に出てくる男の子のような言葉を聞いて、思わず彼の服の裾を掴みながら絞り出すように名前を呟くと、ジャガーさんは振り返りわたしを安心させるように微笑んだ。



「大丈夫。俺が守る」

「えっ…」

「そのまま俺の後ろに隠れてろ、……?」



ん?なんだろう、この変な沈黙。
少女漫画に出てくる男の子顔負けの台詞と微笑みだったが、語尾は弱くなり、その表情は次第に崩れていき眉間に皺を寄せてなんとも難しい顔をした。



「名前、なんだっけ?」





改めてはじめまして
(あ、はじめまして。苗字名前と申します)
(ご丁寧にどうも。ジャガー・ジュン市です)
(わんっ)
(おまえらわしを無視すんなや…)


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