妙に心臓が高鳴っている。辺りが静かすぎるせいで自分の心音がさらにうるさく感じる。

今わたしは人気がない路上でジャガーさんとふたりきりだった。わたしに因縁をつけてきたおじさんは、ジャガーさんが追っ払ってくれたのでことなきを得た。おじさん、とても怯えていたけれど。



「……」

「……」



沈黙がつらい。
わたしもジャガーさんも、ふたりきりになった途端うまくしゃべれなくなってしまった。いやでも聞こえてくる心臓の音。どうしてこんなにどきどきするんだろう。なにかズレているとはいえこの人に告白されたわけだし、さっきだって身を挺して助けてくれた。

あれ?なんだかもっと心臓がうるさくなってきたぞ。もしかしてわたしジャガーさんのこと…?
ううん!そんなことはない、あるはずがない!きっとあの告白以来ふたりきりという状況がなかったから恥ずかしいだけだ。そうだ、そうに違いない。



「…家」

「え?」

「家、どこ?送ってく」



そう呟いたジャガーさんの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。そんな顔を見ちゃったらこっちまで赤くなってしまうし、心臓は爆発寸前だ。



「……」

「……」



なにかしゃべってよ!
わたしの願いは虚しく、家まで送ってくれる道中でわたしとジャガーさんの間に会話はなく、しかもジャガーさんの数歩後ろという微妙な距離感で歩いた。唯一の救いは、ポティロンが楽しそうにわたしとジャガーさんの間を歩いてくれていることだけだ。

なんとかこの気まずさを脱出するために、うるさく鳴り続けている心音をも吹き飛ばしてしまうような会話をしなくては!



「あの…」

「え、な、なななに?」



どもりながらも、わたしに振り向くジャガーさん。本当に恋愛下手なんだなあと頭のどこかで考えていたが彼と目が合った瞬間、候補にあった話題がすべて吹き飛んだ。
わたしも恋愛下手じゃないか。ジャガーさんのこと、とやかく言える立場じゃなかったわ。



「わたしのどこが好きなんですか?」



それが唯一頭に残っていた話題というか質問だった。わたしのばか!なにピンポイントなことふっかけてんの!なんでわざわざ自分の心音をあげるような話題が残るのよ!

するとジャガーさんは、ボンッという効果音がつきそうなくらい突然顔を赤くし「ばかやろう!」と言いながらわたしから視線を外して前を向き歩き出した。
なんだ、意外とかわいいところもあるんだ。

少しして、ジャガーさんはわたしの質問に対しぽつりぽつりと呟きはじめた。



「前に公園で子どもたちとキャッチボールしてるときに、投げた球が飛びすぎてどっかの家の窓割って、かみなりおじさんに怒られたときあっただろ」

「なっ!なぜそれを!?」

「それからゴールキーパーなのにボールを顔で受け止めたり、しつこいナンパ男にキレて鼻フックしたり、お魚くわえたドラ猫追いかけたり、そんなところ。あとこの前ハマーを笛で殴ったのもよかったぞ」



たしかにジャガーさんが言ったことはすべて事実。恥ずかしいったらありゃしない。普通の人ならそこは引くところなのに、斜め後ろから見たジャガーさんの顔は得意気で楽しそうに笑みを浮かべている。それを見ていたらなんだか恥ずかしいことがどうでもよくなってきてジャガーさんと一緒に笑った。



「あ、ここです。わたしの家」



そんな会話をしていたらいつの間にか自宅前に辿り着いた。気まずい雰囲気から解放されると思うとほっとするけれど、ちょっとだけ寂しく思っている自分もいたりして、ってなんでだよ!



「さっきから笑ったり哀しんだり驚いたり、せわしないな…」

「へ!?あ、すいませんっ」



尻尾を振っているポティロンを撫でながらジャガーさんはそう言った。
あ、そこは引くんだ。本当に不思議な人というか、掴めない人だ。他の人にはないものがある。



「今日はありがとうございました。それじゃあ…」

「あ!そっ、それから!」



お礼を言ってお辞儀したあと、家の中に入ろうと背を向けたわたしに待ったをかけたのはジャガーさんだった。

後ろから聞こえた声に振り返ると真面目な表情をした彼がいた。変なおじさんと相対したときとは違い、怖い感じは全くなく頬を赤らめている。
言わずもがな、わたしの心音は高鳴る。



「はじめてきみを見たとき、飼い犬と一緒に遊んでいたときのあの笑顔がいちばん好き、ですっ!」



一瞬、時間が止まった気がした。事実、呼吸の仕方を忘れ息が止まった。呼吸の仕方を思い出し、わたしがなにかを言おうとしたときにはもう、ジャガーさんは踵を返していた。



「じゃっじゃあ!さいなら!」



さらに顔を赤くさせたジャガーさんは超人的な速さで走り去って行ってしまった。告白逃げしたときよりも速かった。

そんなジャガーさんの背中を見てポティロンが寂しそうに「くうん」と鳴く。懐いちゃったのかな?家族以外の人にはあまり懐かないシャイな子なのに出会って間もない人にこんなに懐いちゃうなんて珍しい。たしかに今日は絡まれてるところを助けてもらっちゃったし、意外とかわいいところもあるってことも知った。


真面目な顔。照れている顔。得意気な顔。
今日わたしが目の当たりにしたジャガーさんの色々な表情を思い出して笑みが溢れる。どきどきとは別に、暖かい感情がわたしに流れ込んだ。





ロマンティックがとまらない
(あのときわたしはなにを言おうとしたんだろう)


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